概要
百年に一度の危機ともいわれる今、経済の建て直しのために改めて情報通信に各国の関心が集まっています。そこで情報通信政策フォーラム(ICPF)では平成21年度上半期セミナーのテーマを「情報通信政策」に定め、連続して取り上げていくことにしました。その第1回として高川雄一郎氏をお招きし『動き始めたオバマのIT政策』と題してお話していただきます。
<スピーカー>高川雄一郎氏(早稲田大学 国際情報通信研究センター)
<モデレーター>山田肇(ICPF事務局長・東洋大学経済学部教授)
配付資料
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レポート
講演の要旨:
タイトルは仰々しいが、ITオタクと呼ばれるオバマ大統領がどういうことをやっているのかを説明していきたい。
今回の大統領選挙は開票結果をじっくり見れば53:46と意外と接戦だった。オバマはITを駆使したインターネット選挙を展開した。マニフェストをネットで公開したり、YouTubeを利用したり、メール攻勢で優位に立っていった。このオバマをシリコンバレーの勝ち組が多方面でバックアップした。カリフォルニア州知事もシリコンバレー復興のために動いたが、大手キャリアやCATV業界はさめていた。オバマ大統領が市販のBlackberryを使ったのは選挙中だけ、現在はGeneral Dynamics社製でBlackberryの機能を積んだ軍用PDAを利用している。国防総省御用達のスマートフォンにはDOD暗号モードが載っており、ホワイトハウスのネットワークにもこのスマートフォンが組み込まれている。
IT政策はゴアのNIIの焼き直しという印象がある。国防軍事に軸足を置いたブッシュは、個人的な宗教観が大きく作用しES細胞や遺伝子組み換え技術開発を厳しく規制したため、日本、欧州に大きく立ち後れていた。オバマ政権は政府主導のブロードバンド政策を推進する方針で、技術開発の分野でも減税や免税パッケージも検討している。ブロードバンドの目標値が公開されているが、大統領が声をかけている割にはNTTのNGNより遅い。ほかにもグリーンニューディール政策などもある。大統領スタッフにIT専門家を多数加え、新たにCTOポストをホワイトハウスに設置し、機動性を確保した。
IT政策のキーパーソンは全員がITエキスパートである。新FCC委員長はHarvard Law Reviewの編集長時代に、部下にオバマがいた。FCC委員長を補佐する民間のアドバイザーを任命しているがオープンネットの推進者である。
今後、ネットワーク中立性に関する規制の運用が強化され、厳正化されるだろう。大手キャリア規制を前政権は見送ってきた。オバマは2006年5月にInternet Freedom Actを提出したことがあるが、なんとヒラリークリントンも名を連ねていて因縁を感じる。オバマの景気刺激策を支援する業界応援団13名がホワイトハウスで定期会合を開いている。
重要政策と位置づけられているのがスマートグリッドである。経済効果についてはいろいろな意見があるが、今のアメリカをみたときはITとエネルギーという二つのキーワードに頼らなければならないということだ。スマートグリッドについて標準化も動き出している。日本版のスマートグリッド計画があり、堺市+シャープ+関西電力共同プロジェクトなどが動いている。この経験を元にアメリカに影響を与えていかないと日本産業は取り残されるかも知れない。日本国内には、米国のスマートグリッド計画に関して、老朽化した電力網の近代化、と短絡的に捉える向きもあるが誤りだ。米国が目指しているのは、スマートメータを使って双方向性を持ったエネルギー需給監視網を造るというものであり、将来的にはガス、水道などのテレメータリングやセキュリティ分野も取り込んだ高機能センサーネットワークが構築されるであろう。
質疑応答:
質問者:私は、光ファイバーなどを扱うケーブルメーカーに所属している。ファイバーなどの会社に所属している。アメリカでこういう政策をやっていくと、かなりの需要が見込めると考えられるのか
高川氏:日本が強い光ファイバーではチャンスがあるだろう。物量的にアメリカの会社だけでは対処できない数が出るだろう。
質問者:我が国が世界の中で指導力を発揮するには第三世界での発言力強化しかない。それを志向して長期的に国力を育て、国と国の関係を作っていく必要性がある
高川氏:まったく同感だ。日本でもう少し個々人ががんばった方がいいなと思うのは、草の根で人脈を作っていくということ。私は電電公社の新入社員の頃、途上国の中堅技術者を受け入れて日本の技術を伝授する担当をしたことがあるが、彼らとはそれ以来クリスマスカードの交換や日本の技術を紹介する英文技報を送る等の付き合いを続けている。皆、それぞれの国でIT系の官庁や企業の要職に就いており、色々な面で役に立っている。
質問者:オバマ政権の景気刺激策では電子カルテで予算を積んでいるようにみえるが
高川氏:セキリティやプライバシーをどうやって確保が課題である。出雲市での事例があるがアメリカではそれ以上のことを考えている。救急隊員が直近の病歴をモバイル環境で見えるといったアプリケーションが想定されている。連邦ベースではなくいくつかの州で先行実験ということでマサチューセッツ等が候補になっている。電子カルテとソーシャルセキュリティーナンバーを連動させる方向に動いている。
質問者:日本では広域停電は起きない、日本の電力はほとんどスマートグリッドになっていて、残りは家と電柱の間だけの問題だと思うのだが
高川氏:送電系から変電系までは確かに日本の電力会社は勝っている。日本の場合はおっしゃるとおり、その部分だけやればすむのかなという気がするが、スマートグリッドは電気・ガス・水道の需給監視を行うのが最終目的ではない。スマートメータをワイヤレスでネットワーキングする広義のセンサーネットワークの構築が狙いだ。
質問者:個人情報保護法のせいで日本ではモバイルコンピューティングやテレワーキングが伸びなかったのではないか
高川氏:客先でパソコンを開いて作業というのが今の日本では出来ない。個人情報『過保護法』についてちょっと騒ぎすぎではないか。ただし、過失事故を犯した場合の罪は軽い。フィンランドなどでは小学校時代から情報の扱い、メールの宛先の注意とか教育をやっている。個人情報保護に対するペナルティは強化して、ハンドリングの手間を軽くしてもいいのではないだろうか。
質問者:日本の総務省の国際競争力委員会が役に立たないのは、参加者が自社の戦略を話さず当たり障りのない話しかしないからだ。オバマの前でトップ経営者13人が話す際も当たり障りのない話にならないのか
高川氏:直接に利害を争わない、うまい人選になっている。13人はちゃんと役割分担が出来ている。モトローラが入っているのでクワルコムはいない。日本には「みんな集めないと」という変な発想がある。おかしなことだ。これでは何時になっても国際市場で勝てるITプレイヤーは生まれない。
質問者:電子カルテがなかなか日本では進まない、医者のIT音痴がいわれているが、あのアメリカでも全く進んでいないのは同じようにIT音痴だからか
高川氏:日本で本格的にやるときには個人情報が問題となる。アメリカにはソーシャルセキュリティーナンバーがあるので、それと連動する電子カルテ、というのはすぐ出来ると思うの。一方、アメリカは医療費が高く、人間ドックも富裕層しか受けないという日本とは違う現状がある。
会場コメント:私もアメリカで住んでいた。医療は紙だらけだ。アメリカの医療システムでは保険会社の力が大きい。保険会社に許可をもらって初めて医療行為が出来る。コスト原理も働かない。調子が悪かったが、かかりつけの医者に受けられなかったので緊急扱いで高い請求を受けた。その方が保険会社はもうかるのだそうだ。
高川氏:オバマ政権下では前進するのではないかと期待感を持っている。日本でも個人情報について議論をもう少し深めていき効率的な仕組みを作れば、あっという間に出来ると思う。スマートグリッドにしてもグリーンニューディールにしても、元々のポテンシャルは日本が高い。しかしアメリカなど欧米のそんなキーワードが強いわけで、それを日本が追いかける瞬間に、遅れているような印象になる。おサイフ携帯でもそうであった。日本はもっとオープンに世界と技術を交流し高め、広めていくべきだ。
レポート監修:山田 肇
レポート編集:山口 翔
スケジュール
<日時>
5月28日(木曜日)18:30~20:30
<場所>
東洋大学・白山校舎・6号館4階6408教室
東京都文京区白山5-28-20
<資料代>
2000円 ※ICPF会員は無料(会場で入会できます)