主催:情報通信政策フォーラム(ICPF)
日時:11月1日(木曜日)18時30分から20時30分
講師:奥和田久美(Diass代表)
部坂英夫(ヘルスビット株式会社CEO)
森 薫(ヘルスビット株式会社CTO)
司会:山田 肇(ICPF)
奥和田氏の講演資料はこちら、ヘルスビット株式会社の講演資料はこちらにあります。
冒頭、奥和田氏が「日本におけるヘルスケア関連ITベンチャーの位置づけ」と題して講演した。
- 10年以上前の科学技術予測の資料を見ると、すでにそのころから、生涯にわたる健康維持、個々人に対応する医療が重要になると指摘されていた。その後、政府全体としてもこの方向に動き出し、厚労省の「保健医療2035」だけでなく、成長戦略の「未来投資戦略2017」などでも、その筆頭方針として、医療から健康維持へのパラダイムシフトが謳われるようになった。
- グローバル市場では、パーソナルゲノムやウェアラブル機器などが新たな投資対象となっている。例えば、ゲノム編集は日本でほとんど投資対象としては見なされていないが、海外ではMeet upイベントが頻繁に行なわれている。異業種企業の参入も増加しておりベンチャー投資金額も増大している。フィリップスはヘルスケアで7割以上を売り上げる会社に変貌し、インテルやマイクロソフト、NVIDIAといったIT・AI企業も次々と参入を表明している。彼らのビジネスは狭い意味での医療ではなく、健康増進を含めたものになっており、病院外の医療や健康維持を強調する「ソーシャルホスピタル」という考えが主流となってきている。新規参入企業やスタートアップ企業の多くは健康維持に関するビジネスも狙っている。
- そもそも健康・医療分野では、グローバル市場に席捲しているという企業は、世界的にも数少ない。国によって医療保険制度や規制が異なり、疾病状況も大きく違うことなどが背景にある。スタートアップ企業はまず、国ごとに異なる課題に対して、新ビジネス開拓の可能性が高い分野を選択すればよいのではないか。
- 一方で、創薬ができる実力のある国は世界に数か国しかないというように、集約化が進んでいる業種もある。残念ながら、日本企業は製薬企業や医療機器ではごく一部の製品しかグローバル市場に展開できておらず、特に医療機器全体は輸入超過が続いている。また、既存の日系企業の目は、医療機関内の言わばB2Bビジネスのみに向かっている。
- 日本の研究開発にも盲点がある。AMEDがヘルスケアの研究開発を統括しているが、ICTは全面にでてこない。経済産業省は医療機器や介護ロボット、厚労省は医療機関の医療サービスのみに視点が向いている。政府を見回してみても、医療のIT化や健康サービスが医療費増大の観点以外の場面では話題にならないのが問題である。
- 電子カルテの導入率などを見ても、日本の医療機関の多くは世の中のデジタル化から取り残されてしまっている。遠隔医療・オンライン診療は、今年やっと診療報酬の対象となった。
- 閉そく状態のある医療・健康分野を変革する新しい風が期待され、ベンチャー活躍の場は大いにある。日本の現状は、医療関係者の内部・外部ネットワーク化ができておらず、人材も技術もつながっていない。医療現場の「真の」課題解決を目指して、患者個人・医師や医療関係者といった「個」としてのコンシューマーに届くサービス提供、さらには日常の健康維持という大きな市場部分で、ベンチャーがもっとも活躍できるのではないか。この辺りは新ビジネスのブルーオーシャンではないかと考える。
続いてヘルスビット株式会社の部坂氏、森氏が次のように講演した。
- ヘルスビットは、創業して1年の大変若い会社ではあるが、厚労省のプロジェクトに採択されてなど活躍の場を広げている。
- 政府がよく使っている年齢と医療費・介護費のグラフがあるが、予防に注力して、引退後の医療費・介護費の増加を押さえようというのが方針である。企業が健康増進の取り組みをしようと思うと、キーパーソンは保険組合となるが、財政的な基盤に余裕はない。
- この健康寿命延伸分野などにビジネスチャンスがあると考えている。消費は、分解すると余暇×所得×健康である。健康は経済に大きな影響を与えるが、健康を数値化することは難しかった。パーソナルスコアはそれに資するものである。
- 病気でない人はすべて「健康」と見なされ、現在、指標はBMIくらいしかない。パーソナルスコアは、体重、腹囲、握力(右)、握力(左)、開眼片足率の5つの測定項目でスコアを算出する。すべての項目が自助努力で改善可能なので、実際に高齢者にやってもらうと、とてもウケがいい。
- BMIではプロポーションはわからないが、WHtR(腹囲身長比)でプロポーションを見える化できる。東北大学の論文でも、握力と開眼片足立ちで糖尿病リスクを評価できることが明らかになっている。工場での事故の多くは、つまづくことで発生する。厚生労働省も、開眼片足立ちと運動機能の低下の関連性を指摘している。パーソナルスコアはこのような知見と整合する指標である。
- 株式会社エイジスというコンビニの品出しをする高齢者を派遣する会社があるが、「生涯現役促進地域連携事業」でパーソナルスコアを採用してもらい、年齢が高くても、身体年齢が若ければ働くことができる仕組みづくりに協力している。株式会社ユードムでは、インセンティブ型確定拠出年金でパーソナルスコアを採用している。実年齢よりフィジカルエイジが若ければ1歳につき1000円掛金を会社が増額している。1年間実施して、高い効果がでている。
- パーソナルスコアで計測するフィジカルエイジ(身体年齢)は様々な分野で活用可能であり、高齢化の進む日本には重要である。ヘルスビットも事業連携で拡大戦略をとっている。フィジカルエイジで意識革命がもたらされれば、GDP増につながっていく。
- ソフトウェアロボットで自動化するRPAが注目されてきている。データ収集や交通費の清算など、単純で時間がかかる作業をロボットが代行してくれる。ロボットが仕事代行するだけでなく、AIとRPAの連携でAI活用のきっかけになる。
- 医療情報システムが大規模病院と小規模病院では大きく異なる。大規模病院は情報システム部門があり、横断的な連携をしている。小規模病院・診療所では、薬局やクリニック、検査会社はバラバラに情報化しており、つながっていない。ここをRPAで自動化する。
- 検査会社のサイトにログインして、検査データをダウンロードして、電子カルテにデータを入れるという作業をRPAで自動化すると、事務員のいない小規模クリニックでも対応可能になる。
- RPAの考え方は昔からあったが、費用が高額でなかなか普及しなかったが、クラウド対応が進んだことで費用が下がり、中小企業でも導入できるようになった。
- 課題としては、責任分界がある。AI活用では最終的に医師が確認するという方向でまとまってきている。RPAが医療現場に入ってきた場合、責任はどこまでになるかは明確でない。これからの議論が必要である。RPA導入サービスという形であれば、最後はエンドユーザが実行者になるので責任ははっきりするが、小規模クリニックなどではサービス提供者に責任が課せられる場合もあるだろう。
講演終了後、以下のような議論が行われた。
パーソナルスコアについて
Q(質問):健診は結果がすぐにでてくることが重要である。1月経ってから結果を受け取っても、行動変容につながらない。弘前大学COIでは啓発型健康診断をやっていて、30分程度で結果がでて、すぐに健康指導している。このようなことを考えているのか。
A(回答):血液検査ではすぐに結果がでないが、プロポーションを測れば内蔵脂肪がわかるので簡単に結果がでる。自助努力で改善できる項目だけにしている。
Q:フィジカルエイジを普及させるために、論文で裏付けしているのか。
A:早稲田大学、慶応大学などと協力しているが、アカデミアで「身体年齢〇〇歳」と出すのは難しい。ここは論文では難しいが、身体年齢を示すことで健康増進効果があったというのは論文にしようと思っている。
C(コメント):EBM(根拠に基づく医療)につなげていってほしい。
Q:米国のマネージドケアでは、健康でないと「良い保険」に入れなくて高い治療費を払うことになる。日本で同様にできるか?
A:日本は皆保険なので米国のようにはならない。ただし、すべて保険で適用されるという状況はなくなる。保険外と保険適用の2段階(混合診療)になっていくと思われる。
Q:日本は平均寿命はトップクラスだが、健康寿命はそうでもない。これを変えることはできないか?
A:日本の不健康寿命が長いのは、保険でかなりの範囲の治療が行えることが背景にある。日本の終末期医療は最後の1カ月で約100万円かかっている。
Q:医療費は社会保険料を支払った上で一般的には3割負担であるが、前述の政府がよく使っている年齢と医療費・介護費のグラフで青いライン(病気になってからの対応)から赤いライン(健康増進に注力)にしようとすると、健康増進部分を支払うのは個人の自腹となる。ここに対する施策はない。
A:あくまでもイメージ図であるが、確かに施策はない。現在は、健康経営で企業の負担でやろうとしている。
Q:インセンティブ型確定拠出年金の例で、みんなが健康に関心が高くなって、支払が増える分は誰が負担しているのか。
A:ユードムが負担している。
Q:金額ではなく、ゲーム性でインセンティブになっているということか?
A:その通りである。
Q:健康経営では、健康でない人の企業にとってのリスクは欠勤や生産性だとしている。ユードムもここに注目しているのではないか。
A:少々お金をかけても、プロジェクトリーダーが倒れないほうがよいと企業経営者は考えている。
ヘルスロボについて
Q:責任分界は非常に重要である。先ほどRPAの誤動作時の責任の話をされたが、ロボットの責任は、セキュリティや個人情報保護など様々な側面がある。そのことは検討しているか?
A:医療分野の情報システムでは、厚労省・経産省のガイドラインに準拠することを基本である。
Q:ハッカーがこのRPAを乗っとりデータを流出させるということや、RPAが取ってきたデータが正しいのかということについて議論しているのか。
A:今は人が最終チェックして責任をとっていたが、RPAはこれを自動化しようというものであるので、責任の取り方は医療現場の人と議論しているところである。
Q:日本には診療所に電子カルテがないのでRPAなんて売れないという悲観論と、だからこそ可能性があるというバラ色論とあるが、どちらで考えているか?
A:クリニックは人の確保が難しい。残業も多いので、ニーズはある。クリニックの中でデータを確保するだけでなく、地域の中で共有することには保険点数もつくようになった。情報共有の仕組みが必要だが、事務スタッフを増やせないので、RPAの可能性は高い。
C:情報連携が必須の時代になっている。大病院は紹介状がないとお金を払わなくてはいけない。大病院ですぐには見てもらえない状況がすぐにやってくる。
Q:責任分界について、なぜ責任分界の議論がAIとRPAで異なるのか? RPAも医師が最終責任というのは同じではないか?
A:AIは閉じたシステムで作れる。診断支援といえば、その範囲となる。しかし、RPAでは連携するので、少し違う。検査会社のサイトに見に行くのも、そこのシステムが変わってしまったりすれば誤作動が起きる。
C: HL7などで標準化できるのではないか。
A:医療システムはアップデートされていないことが多い。
C:電子カルテも多種あり、検査会社も薬局も、小さくて、多様であるので、つなげられない。そこを手作業でやっている。大病院もシステム化されているが、カスタマイズが多いので外部とつなぐのは大変である。
A:外部と連携しても収益につながらないので、あまり病院も注力しない。診療報酬も数百円レベルである。
スタートアップ企業の可能性について
Q:経済産業省は、海外ベンチャーと日本企業とマッチングさせることにも積極的になってきている。日本のベンチャー企業の競合相手は、大企業だけでなくなっており、ブルーオーシャンとはいえないのではないか。
A:日本の医療事情や疾病構造がちがうので、その点は大丈夫だと思われる。
Q:参入障壁は、規制ということもあるが、データを取りにくい等の日本の文化性もあるのではないか?
C:オバマケアが成功したのは、中央政府がHIPPA法でデータ標準化を進めていることにある。日本は、小さい組織が、よくわからないシステムも勝手に導入してしまう。標準化のリーダーシップを取れるところがないことが問題である。
C:国際標準化で、「眠れない」というのは、どのように表現するかといったことまで標準化するという議論も進んでいる。生活圏のすべての情報を、いかにつなげていくかという広い話になってきているのではないかと思う。