開催日時:2025年11月20日木曜日 午後7時から1時間程度
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:飯島勝矢 東京大学高齢社会総合研究機構 機構長・教授
司会:山田 肇・ICPF理事長
冒頭、飯島氏は次のように講演した。
- 今日は、健康長寿と幸福長寿の両立を目指す健康増進施策について講演する。
- 2040年には65歳以上人口が8%を占めると予測され、社会保障やインフラの維持が困難になる恐れがある。これに対応するために、日本老年学会と日本老年医学会は、2017年に75歳以上を高齢者とする定義に再考しても良いのではないかという提言を行い、さらに最新エビデンスも蓄積したため、2024年には高齢者及び高齢社会をどのように見直していくのかという報告書をリリースした。一般国民が「自分はまさに高齢者に該当する」と感じている人の年齢分布からも、通常歩行速度の年齢分布(若返りの兆候)からも、65歳からを高齢者として扱うのには理解しにくい部分も存在すると示唆されるからだ。講演者は学会役員としてこの報告書作成に関与した。
- また、内閣府から2024年に「高齢社会対策大綱」が閣議決定(2024年9月13日)され、その作成にも関わった。年齢に関わりなく希望に応じて活躍し続けられる経済社会の構築、一人暮らしの高齢者の増加等の環境変化に適切に対応し、多世代が共に安心して暮らせる社会の構築、加齢に伴う身体機能・認知機能の変化に対応したきめ細かな施策展開・社会システムの構築が基本的考え方である。この大綱作成にも講演者は関与し、健康福祉分野だけではなく、多面的な視点からのコメントを盛り込んだ。
- 高齢者の健康づくりのためには、就業・所得、学習・社会参加、生活環境という多面的側面を充実させる必要があるというのが、大綱のポイントである。「健康のためには運動」といった狭い視野からの脱却を目指している。
- 「フレイル」は加齢により体力や気力が弱まっている状態である。要介護の手前の時期だが、まだ戻せる可逆的な状態である。身体、心理・認知、社会という多面的要因によって負の連鎖が起きて、フレイルが進行する。フレイルから引き戻すには、それゆえ多面的側面から働きかける必要がある。このフレイル研究の成果が、高齢社会大綱に反映された。そして、フレイル予防は単に国民個人の問題だけではなく、地域づくりの観点からも重要であることを強調した。
- フレイル予防をしっかりと進めるためには、「サルコペニア(筋肉減弱症)」に対する十分な知識必要とするため、フレイルと一緒に併せて啓発する必要性を唱えた。具体例として、大腿部の断面画像(CTスキャン)を比較してみると、健常者は筋肉量が多いが、フレイルの人は筋肉が減少するサルコペニアになっているとわかる。
- ところが、今までの健康指導はメタボリック症候群を軸とした腹囲やBMIを重視しながら、メタボ対策として行ってきている傾向が高い。多くの高齢者への下肢の断面画像イメージをチェックしてみると、下記のような方々に遭遇する。例えば、しっかり筋肉はあるがBMIでやや肥満傾向(太り気味)と分類された人には、食事における多少のカロリー制限や運動習慣推奨の対策を指導する。一方で、重度のサルコペニアであるが、体格的にはBMIが正常であったため、「今の生活内容のままで良いですよ」と指導する。このような健康指導がズレてしまっているケースに遭遇する。
- 日本人の大規模調査データ(日本の7つのコホート調査から: 日本人353,422人(男性162,092人、191,330人) 12年半の追跡)を見てみると、BMIが20台後半(具体的には25~28くらいまで)という「やや太り気味の人」の死亡リスクは高くないという事実が見いだされた。この事実に基づいて、中年層を主としたメタボ予防の基準を重視し、そのまま同基準を高齢期への健康指導の延長になっていることは大きなズレを生じてしまい、フレイル対策に関する指導内容のアップデートが必要であると主張しているわけだ。
- 多面的な研究によって、「孤独」は肥満より健康に悪いという社会性の重要性がわかった。「社会的孤立」は29%、「孤独感」は26%、「一人暮らし」は32%、高齢者の死亡リスクを高める。
- 閉じこもり傾向(外出1回/週未満)の高齢者の割合、家族や友人との付き合いがない高齢者の割合、体調が悪い時に身近な相談相手がいない高齢者の割合を92自治体で横断調査した。その結果、自治体間のばらつきは非常に大きかった(例えば、自治体間の差で3%~33%という大きな開きも認められた)。それゆえにこそ、高齢者と社会性を高める手法の導入には大きな可能性がある。
- フレイル予防には「人とのつながり」が重要で、身体活動、文化活動、ボランティア地域活動を複数実施すれば、フレイルへのリスクが低減できる。また、運動習慣を持っていないが、生活活動に代表されるような非運動性活動を普段から地域でやっている方々も、フレイル予防につながることが示唆された。住民主体のフレイルサポーター活動は、生きがいを感じる地域貢献活動である。
- 専門職主導ではなく、住民サポーター主体でフレイルサポーター活動は実施される。 この活動では、筋肉減弱(サルコペニア)も実測して「見える化」している。この活動は、サポーター自身のやりがい感、新たな生きがいにつながる。参加市民とサポーター両者の笑顔によって、フレイル予防の輪が拡がり、住民目線での啓発が進む。市民による市民のための「フレイルサポーター活動」であり、サポーターを指導するトレーナーや行政の担当部署は後方支援の役割を果たす。
- すでに全国106自治体で実践されている。全国のフレイルサポーター、そしてトレーナー、行政が、全国で同じ気持ち同じ方向を向いて、地域を超えて仲間として活動している。サポーターは全国で同じ黄緑色のTシャツを着用し、各地の経験を語り合うネット会議を毎月開いており、全国サポーターの連帯感を高めている。
- フレイル予防運動の結果、フレイルの認知度が高い地域に住む後期高齢者はフレイルの悪化リスクが低いといったエビデンスが明らかになり、成果が生まれてきている。
講演後、以下のような質疑があった。
質問(Q):外出が困難な高齢者宅に訪問するという形式のフレイルサポーター活動にも最近取り組むようになったという話があった。この10年間サポーター活動の普及を進める中で、どのような変化が生まれているか。
回答(A):訪問型の活動も現場から意見で湧き上がってきた。行政が協力し、行政のデータも見ながら、行政も同行して訪問活動を実施している。全国で実施されているフレイルサポーター活動は、開催場所も、その内容についても、それぞれの地域のサポーターが知恵を絞っている。住民が主体的に動いて、フレイルサポーター活動が地域に定着していくように、現場に委ねるのを基本としている。
Q:共通している部分(標準化している部分)はどこか。
A:フレイルという言葉を知ってもらい、フレイル予防の三本柱を実践するという点は共通してお願いしている。筋肉減弱を実測するだけではなく、エンタテイメント(笑顔)の要素を加える。筋肉減弱が進行している人がいたら問題を指摘するのではなく、「僕も気づく前は同じでしたよ」というように笑顔で話しかける。それによって仲間が増える。「仲間を増やしていく活動を実践しよう」という点は全国共通である。
Q:残り1600自治体に広めていくには、市町村が動く必要がある。しかし、様々な部門に関わるので説得が難しいとか、成果が出るまでに数年かかるので予算が組めないといった話を聞く。こんな逃げ口上はどうすれば突破できるのか。
A:106自治体で実践されているが、それと同じくらいの自治体とも話はしてきた。フレイルサポーター活動を実践するには、確かに多部門間の調整が必要だし、汗もかかなければならない。汗を覚悟できれば実践へと結びつく。一方、「従来の介護予防で何が悪いのか」という意見が強いと実践されない。
A:しかし、フレイルサポーター活動へ人々のニーズは強い。行政の存在がなくても住民が自ら実践するのを認めるという、いわば「第二フェーズ」の活動も、数自治体で始めている。
Q:住民がサポーターになるというが、彼らはどのようなモチベーションを持っているのか。行政はどのように働きかけているのか。
A:行政から謝金を出すのは禁止している。地域貢献をしたいという潜在意識を持っている住民の気持ちを掻き立てる、そんな働きかけがポイントである。他の活動に比べてサポーターの男性比率が高い。それは、参加したいと男性が思うようにデザインしてあるからだ。客観的な「測定」「記録」という行為も、リピータをチェックするという行為も、企業時代を思いださせるようにしている。
Q:BMI重視だけではなく、社会性を保つとうポイントについて高齢者は理解しているだろうか。テレビの健康番組も、インフルエンザ予防とか「癌にならない」とかばかりで、フレイル予防の番組はないが。
A:高齢者どころか、医療関係者にも伝わっていない恐れがある。BMIは中年層のための指標であり、高齢者に適用するのは問題があり、高齢者には物差しを変える必要がある。それを医療関係者に伝えるところから始めている。それに加えて人々にどうたどり着くか。メディアの役割を期待する。ぜひフレイル予防の番組を作ってほしい。