行政 個人情報の活用:マイナンバーの利用拡大に向けて 榎並利博株式会社富士通総研主席研究員

日時:5月26日(木曜日) 午後6時30分~8時30分
場所:東洋大学白山キャンパス5103教室(5号館1階)
東京都文京区白山5-28-20
司会:山田肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)
講師:榎並利博(株式会社富士通総研主席研究員、ICPF理事)

榎並氏の講演資料はこちらにあります。

冒頭、榎並氏は講演資料を用いて概略次のように講演した。

  • メインフレームの時代には、法律に基づいてシステムを設計、プログラムを開発していた。インターネットの時代になって、ITを効果的に活用するため、従来の法律や制度を見直す、あるいは、新たな法律や制度を作るという考え方が生まれた。これからはIoTの時代であって、あらゆる場面ですでにITが存在することを前提に、従来の考え方から離れて、法律や制度を根本から創り直す必要がある。マイナンバーの利用拡大もこのような発想で進めるべきである。
  • 医療分野では、被保険者番号と被保険者証(カード)が用いられているが、統一的番号がなく、本人特定のカードが無いことによる不都合が起きている。国民にとって理想的な医療制度を構築するために、マイナンバーによるデータの管理、マイナンバーによる傷病歴などの把握、在宅医療と介護・福祉、災害対策などの情報共有、マイナンバーカードによる本人確認を行うべきだ。
  • 厚生労働省の研究会は、患者の病気や身体的特徴など非常に機微な情報を扱うこと、個人を特定した医療情報の蓄積および分析は健康な社会の実現という社会全体の利益になることの二点を挙げて、医療等IDの特殊性を説明している。しかし、患者の生命に関わる重大な情報を扱うこと(情報の取り違え、情報入手の遅延等が致命的になるケースがあること)、患者をケアするため、患者を取り巻く多くの関係者(医師・看護師・薬剤師・介護事業者・自治体など)が利用すること、大規模災害のときには、プライバシーよりも人命を尊重した情報の取り扱いが要求されることの三点は触れていない。この言及されなかった部分をカバーしようとすると、医療にもマイナンバーを用いるのが不可避となる。
  • 医療でマイナンバーを用いる際には、医療の事情に特化した利用と保護のあり方に配慮する必要がある。それらをカバーするように、マイナンバー法とは別に医療マイナンバー法を特別立法するのがよい。医療マイナンバーシステムは、情報セキュリティの3要素(Confidentiality、Integrity、Availability)を考慮して設計しなければならない。多職種による利用と認証およびデータ量を考慮すると、医療マイナンバーに特化したネットワークシステムを整備するのがよい。
  • マイナンバーを戸籍に用いる方向にある。住民には、戸籍謄抄本の添付が不要になる、相続権の確認が簡単になるといったメリットがある。行政にも、内部事務の効率化と正確性の確保、戸籍システムのコスト低減といったメリットがあり、戸籍をクラウド化して法務省に戸籍事務を移管するまで進めば自治体事務が軽減される。
  • 問題は文字コードである。外字(誤字)の姓を使い続けたいという住民の希望に合わせて、システムから外して紙で管理している「改製不適合戸籍」もわずかだが存在している。漢字のデジタル化を法制化し、戸籍統一文字への縮退・統一を実現すればよい。
  • そもそも戸籍は必要なのか。本籍が差別の根源であるなら、なおさら不要なのではないか。韓国の家族関係登録制度のように全面的に改革するのも一案である。
  • 日本再興戦略において、不動産についてマイナンバーの言及が全く無い。自治体は、固定資産へのスムーズな課税ができない。住民登録外の納税義務者(不在地主)の死亡通知が自治体に来ないため、「死亡者課税」が把握できないという制度的な欠陥がある。土地の所有者が不明であると、森林・耕作地の整理(農林業の復活)も進まない。
  • 人々が相続登記しないのは、手続きが煩雑で大きな費用を負担する必要があるのに加えて、法律上の義務ではない任意行為であるなど、相続人にとってメリットがないからである。それに加えて所有権が強すぎ、第三者が勝手に処分することができない。
  • 日本人は不動産の所有に強いこだわりがあるが、この所有権問題を解決しなければ、不動産へのマイナンバー付番できない。土地は公共物であり「利用が所有に優先」する原則を徹底し、不動産登記法を改正して登記のあり方を抜本的に改革すべきである。不動産登記簿に所有者のマイナンバーを登録することを義務付け、法務局が責任を持って管理する、所有者の住所変更・死亡などについては、法務局がマイナンバーを使って定期的にチェックし、死亡については相続登記を促すといった方向に動きだすべきである。
  • IoT環境(ITが社会に浸透している前提)で、私たちの理想的な国家(政府・自治体)を構築しようとするならば、憲法が規定する自由権と社会権の関係も考え直さなければならない時期である。

講演後、以下のテーマで質疑が行われた。

医療関係について
Q(質問):医療に関する情報がセンシティブであるという意識は根強い。医療情報に特化した利用と保護は具体的にはどのようになるのか?
A(回答):職種ごとにアクセスコントロールを行うことや、たとえば、精神科への受診履歴は医師であっても全部は見られないようにするなどが必要。医療等IDがマイナンバーでなければ、それだけで安全になるわけではない。
C(コメント):医師の守秘義務など、現状はしっかりできていない。医療情報の管理と保護はもっとしっかりすべきというのはその通りである。
C:東大の在宅医療・介護連携のケースでは、多職種が一人の患者について情報共有しているが、関係者個々にアクセスコントロールができるシステムを構築している。こういうものを全国にどのように展開するかが課題である。
A:実際の現場では、メールや電話などで情報共有している。現在のほうが危なっかしい運用である。

戸籍関係について
Q:戸籍法第27条2項では、戸籍に関する届出には運転免許証などの本人確認が必要と書かれている。マイナンバーカードがあれば1枚で済むし、ネットで手続きもできる。マイナンバー利用にすぐに移行すべきではないか?
A:法務省は、戸籍もマイナンバーで管理すると言っている。スムーズに実施するには、使用漢字の問題をクリアにしなければならない。
Q:プライバシーに関して、自分の氏名はカタカナで表記すればたくさんの人があてはまるが、漢字にすると特殊な漢字なのでたった一人であり、個人が特定されてしまう。マイナンバーを使うことにして、名前は変更可能な制度にしてもいいのではないか? キラキラネームをつけられたような場合、その名前が重荷になる。名前の変更は、現在は手続きが大変である。
A:そうであると、自分の存在が番号だということになってしまう。番号に乗りすぎないことも必要ではないか。親は、子供の名前に願いを込めている。
Q: 戸籍へのマイナンバー附番は実際にはどうするのか?
A:戸籍に番号を振るには、住民票からたどっていくしかない。
Q:戸籍へマイナンバーを附番しても、古い戸籍は画像データであり、死亡者はマイナンバーがないので、相続の手続きは簡単にはならないのではないか?
A:すぐには便利にはならない。20年後、30年後を見据えて行うべきである。米国では、相続の際には、探偵を雇うという。日本も、戸籍に頼った相続人特定を考え直してもいいのではないかと思う。
Q:戸籍の外字の問題をすっきりさせるというのは賛成である。JISにない漢字を変えるのは嫌だという人はいるのか?
A:30万戸籍の中に58戸籍の改製不適合戸籍がある。法務省で統一文字にすると提案し他際に、国会でたたかれて、そのままになった。国会議員の感覚から変えてもらわないといけない。
Q:100年くらい経てばなくなるのではないか?
A:ワタナベなどは、姓なのでなくならない。子供が姓をJISの文字に変えたら、親が乗り込んできたということも実際にあったと聞く。
C:「いや」か「いやじゃないか」と聞けば、「いや」と言われてしまう。自分の親の名前も明らかに誤字であるが、絶対に変えたくないと言っている。
Q:戸籍クラウドをつくり、自治体から法務省に事務作業を移すとしても、法務省側で事務をする人が増えるだけではないのか?
A:問い合わせや郵送といった作業はなくなるので、トータルでは人は増やさないで済むのではないか。
Q:住基ネットの最高裁の判決で、自治体レベルだからOKで、国レベルで情報を一元化するのではNGというものであった。戸籍クラウドは、情報の一元管理にあたらないのか? 公共の利益で押し通せるものであるのか?
C:税務署もマイナンバーで情報を一元化するので同じではないのか?
C:住基ネットでは、①扱う情報の内容がたいしたことがない、②利用目的が法定、③罰則規定があるということでOKになった。マイナンバーは、扱う情報の内容がもっとセンシティブなので罰則も厳しくなった。戸籍もセンシティブな内容であるので、難しい部分はある。
A:法務省と個人情報保護委員会の協同管理という形はとれないかと思っている。また、「個人情報の一元管理」という言葉の解釈だが、すべての個人情報を一元管理するのが違憲という意味であれば、戸籍だけに限定すれば問題ないという解釈も成り立つ。
Q:戸籍のコンビニ交付が実施されているが、戸籍クラウドがあれば紙がいらないのか?
A:精査していないが、行政手続きでの添付書類はいらなくなる。
Q:民間、例えば、銀行も戸籍クラウドにアクセスできる仕組みになるのか?
A:(民間なので)直接ではなく、ワンクッションおいた形でアクセスできるといい。
C:銀行が、相続の手続きに戸籍を求めるのに法的根拠はないのではないのか。銀行が自己防衛のために求めているだけだ。

不動産関係について
Q:所有者不明の不動産に対する死亡者課税とは、死亡している人に請求するということか?
A:死亡者に請求書を送付すれば、家族が受け取る。実際には相続人である家族が支払う。ただし、登記簿上の名義はそのままである。家族とも連絡がとれなければ、支払われないことになる。実際には、売却しても価値のない土地だから放置されているので、課税額はたいしたことはない。
Q:不動産の登記がきちんと行われていない問題は、海外ではどうか?
A:米国では、自治体レベルで土地の所有者情報がインターネット公開されている。購入価格などもわかる。
Q:登記が義務化されているのか?
A:義務化されているのかはわからないが、登記(登録)していないと不利益になるため、きちんとされることになる。日本ほど所有権が強くないため。
Q:長年放置された口座の残高は銀行に入る。土地も同じ仕組みでできないのか?
A:民法では、土地も所有者が不明であれば国庫に入ることになっているが、実際には難しい。
C:物権と所有権の違いである。銀行口座の残高は、債権になるので、土地(物権)と扱いが異なる。
C:不動産を相続する場合、戸籍をさかのぼり相続人を探し、全員の同意で相続ができる。これは非常に大変な作業である。だからこそ、不動産と戸籍の両方でマイナンバーを利用するのが改革になる。