知的財産 移動通信にみる技術のスピルオーバー

日時:8月31日(金曜日) 午後6時30分~8時30分
場所:金沢工業大学大学院虎ノ門キャンパス(愛宕東洋ビル13階会議室)
東京都港区愛宕1-3-4
司会:山田肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)
共同モデレータ:上條由紀子(金沢工業大学大学院イノベーション研究科准教授・弁理士)
講師:許經明(東京大学ものづくり経営研究センター) 

許氏の講演資料はこちらにあります。

許氏は講演資料を用いて概略次の通り講演した。

  • 1990年代、欧州では新興国に対して比較優位な産業として複雑な製品システム(CoPS: Complex Product System)に注目した。航空・鉄道などが相当する。移動通信もCoPSであるが、なぜ、移動通信では欧州企業の競争力が低下したのだろうか。
  • この疑問を解くために、複雑な製品システムに関する知識が欧州の既存企業から新興企業に流れるスピルオーバーのプロセスに注目した。基本的には、知識スピルオーバーには、ライセンスなどの企業間取引によってスピルオーバーする直接ルートや、技術標準や特許を基に新興企業が技術情報を入手する間接ルートなどがある。CoPSである移動通信については、間接ルートという視点で分析した。なお、この発表における「スピルオーバー」は、知識の拡散(diffusion)と同じ意味である
  • CoPS企業は、強みであるシステム知識を技術標準化に反映させる。移動通信の標準は、サービス、コアネットワーク、基地局、端末、暗号処理などのサブシステムごとに作成され、かつ、サブシステム間の複雑なインタフェースが規定されている。本発表では、サブシステムごとの標準(技術仕様)に対して必須特許(SEP)が宣言されている程度をシステム知識の複雑さとして定義する。欧州の既存企業は新興企業に比べて、システム知識の複雑さが高いが、そのシステム知識が新興企業にスピルオーバーしてしまうと、欧州の既存企業の競争力が低下してしまうと考えられる。そこで、企業ごとのシステム知識の複雑さについて分析した。
  • その結果、Nokiaなどの既存企業はすべてのサブシステムの技術仕様作成に貢献し、かつ、全分野でSEPを宣言しているという点で、システム知識の複雑さが高いことが分かった。一方、Samsungなどの新興企業は、システム知識の複雑さが低いことが分かった。この意味では、Nokiaなどの既存企業のシステム知識が、Samsungなどの新興企業にそれほど流れていなくて、Nokiaなどは競争優位を維持し続けるはずであると考えられる。
  • 一方、移動通信産業には、端末に搭載するチップセットを製造販売する中間財メーカーが存在する。Qualcommなどが相当する。Qualcommは、サブシステムごとの標準(技術仕様)に対して必須特許(SEP)を多く宣言している(システム知識の複雑さが高い)。このシステム知識がチップセットの形で新興企業に提供され、CoPS全体のシステム知識をそれほど持ていない新興企業も移動通信ビジネスに参入できることが分かった。
  • さらに、SEPを先行特許として参照する形で独自特許が多数の企業から出願されている。この関係を調べると、新興企業はQualcommのSEPを多く参照していることが分かった。特許は明細書で技術が公開されるが、それが新興企業の教材になっているわけだ。
  • 以上説明したように、Qualcommは欧州の既存企業が貢献した技術仕様を基に、システム知識が詰まったチップセットを新興企業に提供した。また、Qualcommのシステム知識が、QualcommのSEPを通じて新興企業に流れていた。このようなシステム知識のスピルオーバーが、新興企業による技術情報を入手する間接ルートであり、欧州の既存企業の競争力を低下する一因であった。

講演の後、質疑応答が行われた。

質問(Q):なぜ、Nokiaなどの競争力は低下したのか。
回答(A):技術仕様を定めるまでのオープンイノベーションと、その後のクローズドなイノベーションを組み合わせることが企業戦略として重要である。これに関しては、今後、技術標準化におけるNokiaとQualcommの企業戦略を比較する必要がある。
Q:第三世代のSEPを参照して出願された独自特許にはどのような種類があるか。
A:詳細な分析はないが、改良特許だけではなく、第四世代に備える特許も含まれているようだ。その意味で、継続的な技術開発・特許出願は重要である。
Q:新興企業はQualcommのSEPを多く参照しているとのことだが、QualcommのSEPの数が多ければ、それだけ明細書で技術が公開されるので、参照頻度が上がるのは当然ではないか。
A:その通りである。
コメント(C):既存企業と新興企業の勢力争いという点ではスピルオーバーは重要な課題であり、許氏の研究成果は評価される。一方、世界経済の観点では、スピルオーバーがあったからこそ新興企業が安いシステムを販売できるようになり、それがアフリカ諸国などで利用されるという成果を生んだとも評価できる。
C:Qualcommの標準化活動への参加の程度はNokiaなどよりも低い。この点に注目してQualcommは標準の成果にただ乗りしたといえるだろうか。第三世代の技術の根幹はCDMAであり、第二世代のころからCDMAを商用化していた唯一の企業はQualcommであった。第三世代の技術仕様は、それまでに蓄積されてきたQualcommの技術を基に作成された。したがって、標準化活動への参加の程度は低いが、ただ乗りしているわけではない。