教育 大阪市が進める塾代助成事業 笠井康孝大阪市こども育成事業担当課長

日時:9月15日(火曜日) 午後3時~5時
場所:東洋大学大手町サテライト(新大手町ビル1階)
東京都千代田区大手町2-2-1
司会:山田肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)
講師:笠井康孝(大阪市こども育成事業担当課長)
コメンテータ:高井たかし(維新の党衆議院議員)

笠井氏の講演資料はこちらにあります

冒頭、笠井氏は講演資料に基づき、要約次の通り講演した。

  • 大阪市では、生産年齢人口、市内総生産、市税収入が中期的に減少を続けている。このような状況から脱却するために、施策の中心を「現役世代への重点投資」に大きく舵を切った。塾代助成事業も、この施策転換の中で生まれたものである。
  • 塾代助成事業は、こどもたちに学校外教育を受ける機会を均等に提供し、助成対象者の拡大により中間所得階層の可処分所得を増やすため、学習塾や、文化・スポーツ教室を含めた学校外教育にかかる経費を、月額1万円を上限に助成する事業である。
  • 前例のない取り組みであったため、平成24年9月から、西成区で低所得世帯を対象に試行実施した。その後、全区に拡大した。平成27年10月からは、家庭の扶養人数ごとに所得制限限度額を設けて、市内在住の中学生の約半数が助成対象となるように拡大する。
  • 本年6月上旬に、中学生がいる世帯に、DM送付し、7月17日に申請の受付を一旦締め切った。約20,000件の申請を受け付けて、現在審査中である。利用率は右肩上がりで伸びており、平成26年度は、助成対象者のおよそ4割が利用している。
  • 教育バウチャーの目的は、競争の原理と選択の自由の導入によって、教育の質の向上を図り、教育格差と所得格差の解消を図ることである。大阪市の塾代助成事業は学校外教育バウチャーの一形態である。学校外教育サービスを現物で提供するために、確実に中学生に投資できることが特徴であり、メリットである。また、生徒や保護者が学習塾等を選択するので、市場原理、競争原理の導入によって、良質なサービスが提供されることが期待できる。
  • 全区に拡大した時から、中学生にはICチップを内蔵したカードを配付、参画事業者にはカードリーダーを無償で貸与することで、ネットワークを介して、本人確認や助成実績の管理等を行うシステムにしている。請求も、ネットワーク上で行う。参画事業者の事務的な負担が軽減して、利便性が向上した。
  • 参画事業者の登録要件も緩和した。当初は、個人法人問わず、過去3年の実績がある事業者としていた。次の段階で、法人については経営実績を問わず、個人については実績を1年に短縮した。現在は、法人個人共、実績を問わないで、NPO、民間団体も登録可能としている。
  • 平成26年12月に、アンケート調査を実施し、利用した中学生と保護者から高評価を得た。また、全国学力・学習状況調査結果の要因分析に関する調査研究が、文部科学省のサイトで公表されている。学校外教育支出が多いこどもほど、成績が高い結果が出ている。学習塾で学習する習慣をつければ成績は上がると思われる。

次に、高井氏より次のようなコメントがあった。

  • 教育バウチャーは、ICTを使った教育に活用していけるのではないだろうか。インターネット回線、タブレットを用いた教育を行う際、教育バウチャーが活用されるのではないだろうかということで、期待をしている。
  • 維新の党はバウチャーに熱心で、補助金をバウチャーに変更するように予算の組み替えを提案したことがある。今後も、バウチャーの実施に向けて取り組んでいきたい。
  • 文部科学省で、今年度と来年度で実施しようとしているのは、プログラミング教育とセキュリティ教育で、小中高校で行う予定である。デジタル教科書については、今年の6月に閣議決定した成長戦略に記載がある。デジタル教科書は、法改正しないと実証研究すらできない。教科書検定は4年サイクル、学習指導要領は10年サイクルと、施策の転換の速度は遅い。少なくとも、次の学習指導要領改定までには、デジタル教科書をなんとかしてでもやらなければならないと考えている。世界各国がどんどんデジタル化している中で、遅れるわけにはいかない。

次いで、次のような事項について活発に質疑応答が実施された。

塾代助成制度について:
質問(Q):制度に対する反対勢力はいるのか? 文部科学省の取り組みが遅れているのは問題ではないのか?
笠井回答(AK):塾代助成事業を実施した当初には、公教育の否定ではないか、クラブ活動の否定ではないかといった意見があった。一方で、効果を定量的に示すべき、1万円では少なすぎるのではないか、といった支持する立場からの意見もあった。
高井回答(AT):文部科学省は、バウチャーは自治体それぞれが取り組むべきと考えているようだ。一方、10年単位の学習指導要領改正などはペースが遅すぎる。質問者に同感である。ICT導入に向けてもっと機敏に動くべきである。
Q:そもそも、義務教育では学力や学習意識の向上は実現できないのだろうか?
AK:このように学校外教育に多額の予算を投入するのであれば、義務教育に投資すべきといった意見もある。ただ、中学3年生になれば、約7割の生徒が学習塾に通っているのが実態である。低所得世帯のこどもたちにも機会を提供することが事業の目的の一つである。
Q:塾を学校に呼び、課外に授業するといった仕組みは考えなかったのか?
AK:教育バウチャーによって競争を導入すること、民間に委ねるべきは委ねることを進めてきた。同時に、西成区では中学校と区役所の一室で、課外に学習塾講師が指導する『西成学び塾』を実施しており、さらに平成27年度からは他の行政区でも実施するなど、東京都内の一部の特別区で実施しているのと同様の取り組みも実施している。
Q:低所得者と教育の格差は正の関係があると思う。低所得者に対してバウチャーを用いることで、教育レベルが上がったという効果分析は、やるべきであると思う。実際やっているのか?
AK:助成を受けている生徒の個人情報を学校の教員に提供して、経年比較での成績調査を行うことが正確であると認識はしている。しかし、低所得世帯であるという機微な個人情報を中学校に提供してもよいのか、中学校の教職員の負担が大きくならないか、という懸念があり、アンケート調査のみ行っているのが現状である。それ以外に効果を検証する方策がないか検討はしているが、よい策はない。
Q:助成制度を利用した生徒からはどんな感想はあるのか?
AK:テレビ局が生徒にインタビューを行ったところ、今までは家庭が貧しくて学習塾に通うことができなかったが、助成を受けて通うことができるようになったという声があった。今まで通うことできなかった生徒が通うことができるようになったのが、大きな効果の一つである。
Q:ICカードによる管理に用いる電算システムの開発と運用について、随意契約の罠から抜け出せるのか?
AK:試行実施の際は、公募型プロポーザル方式、全区展開にあたっては総合評価一般入札という形式で、今の事業者に決定をした。最初から随意契約というわけでない。

今後の方向について:
Q:教育以外、生活保護や医療の分野で、個々にICカードが発行されるのは非効率である。プラットフォームをどこかの団体が担うことで、一枚のカードにして、効率化することができるのではないだろうか?
AT:バウチャーそのものが、政府全体では教育以外では検討されていないのが実態である。マイナンバーが始まるので、敢えて別のシステムをつくる必要はないし、そのように提言していきたいと考えている。
Q:ICTを用いた学校外教育は助成対象外だが、全国展開を考えたら、対象とすべきではないか?
山田コメント:ICTを用いると利用の記録が残り、本当に学習したことが後からわかる。それゆえ、助成対象とするべきである。全国では小中学生は1,000万人いる。彼らすべてに1万円のタブレットを配布すると1000億円かかる。タブレットがない家庭だけに、教育バウチャーのしくみで助成金を渡し、タブレットを選んでもらうのがよい。ブロードバンド環境のない家庭は、バウチャーで通信事業者を選択できるようにすればよい。