セミナーシリーズ第3回「デジタル手続き法で企業運営は変わるか」 木村康宏freee株式会社執行役員

主催:情報通信政策フォーラム(ICPF)
日時:5月17日金曜日18時30分から20時30分
場所:ワイム貸会議室四谷三丁目 会議室B
東京メトロ四谷三丁目駅前、スーパー丸正6階
講師:木村康宏(freee株式会社 執行役員社会インフラ企画部長)
司会:山田 肇(ICPF)
定員:40名

木村氏の講演資料はこちらにあります。

冒頭、木村氏は概略次の通り講演した。

  • 日本の労働生産性は先進7か国中最下位である。特に中小企業はバックオフィス業務の生産性が低い。しかし、行政への手続きなどバックオフィス業務の7割は自動化できる。中小企業にデジタル変革をもたらすという目標でfreee株式会社は設立された。
  • 電子政府は「不便」という次元を超えて「国際的な競争劣位」を産んでいる。民間サービスは使い勝手を最大限重視しているが、電子政府は使いにくい。電子政府の「コンシューマライゼーション」が必要である。システムが使いにくいために、使えるべき制度が使えないというのは、単に利便の問題を超えて、人権問題でもある。
  • 年末調整は従業員が必要事項をスマホ入力すれば、後は自動計算して電子申告までできるようになっている。所要時間は1/5に削減された。しかし、官からは住民税の通知書が紙で届き、納付書を持って銀行窓口に並ぶ状況である。従業員が転居すれば同じような手続きをいくつもの役所に行う必要がある。会社設立も雛形を使って定款が作成でき、士業が電子定款の作成を代行するサービスもある。しかし、官の側から「定款のインデントを直せ」といった趣味の領域の指示まで来る。電子だけでは完結しない。
  • 電子行政では関連する手続きをすべてポータル経由で一括してできるようにしなければならない。また、途中で紙が入ることなくデジタル完結する必要がある。デジタル手続法によって、そんな「あるべき姿」を実現する要素が整う。
  • さらに、API公開で民間側が使い勝手の良いサービスを提供できるようになる。freeeはクラウド会計サービスのAPIを公開しているが、それを利用していろいろな会社がそれぞれにアプリを提供している。なかには政治資金収支報告書の自動作成アプリまである。官がAPIを公開すれば同じようになるだろう。
  • 中途半端な電子化ではUX(User eXperience)は向上しない。創業では定款認証の際に公証人に(TV電話は可とされたとはいえ)面接する手順・手数料が残った。印鑑届書も残存した。面接は反社会的勢力による創業を排除するためだが、士業が代理で面接できるという抜け道が残っている。創業に伴って銀行口座を開設する際にも反社会的勢力でないことを確認するという重複もある。印鑑は勝手に代理として押印することが問題になっている。この状況で紙手続きを義務として残すことは疑問である。
  • さらに先を展望して「紙手続きをそのまま残すのはタブー」と言いたい。一気呵成のデジタル化が必要で、そのためには電子証明書の普及促進、電子を利用する者へのインセンティブ付与、原則を電子とすること(電子を特例扱いにして、届出・申請が必要なのが現在のやり方)、受益者負担の発想を捨てることなどが必要である。電子申請システムの利用に受益者負担で費用を徴収するという方式では、利用者が少なければ費用が上がり、ますます利用者を減らす悪循環が起きる。
  • デジタルデバイドの是正という課題が常に指摘される。しかし、高齢者・中小企業でもスマホを使いこなすケースは多いし、離島の人が紙での手続きのために本土に出かけるというのは、逆に「アナログデバイド」ではないか。
  • 将来を展望すれば、手続き・届出自体を無くするのが重要である。官がすでに保有しているデータを組み合わせれば新たな手続きは不要となるというケースもある。ワンストップ化の先で、手続きで止まることのない「ノンストップ化」に進むべきだ。

講演の後、以下のテーマについて質疑があった。

個人情報保護の課題について
Q(質問):今日の説明の中に個人情報保護のことが一度も出てこなかった。しかし、これが電子化を阻む最大の壁ではないか?
A(回答):システムは個人情報をきちんと管理しているという点を、個別のプレーヤーが、日々の営業活動の中で丁寧に訴えることがまず必要である。また、タンス預金よりも銀行預金のほうが安全なのは、コストを掛けて管理されていること、それが銀行法で規制されていること等が背景にあるが、個人情報もスタンドアローンで保管するよりもクラウドで保管するほうが安全と理解してもらうためには、先程の個別のプレーヤーの日々の取り組みに加えて、個人情報の保管に関する法律(個人情報保護法や個別の業法)で規制するのがよいし、現にそうされている。さらに、これら、個別のプレーヤーのレベルと、社会的ルールのレベルの二つのレベルで、継続的に取り組んでいくことで、社会的理解を醸成してく必要がある。お金を銀行に預ける預金・貯金行為も、社会的理解を得て広まるのに時間がかかった。情報を預けることも同じこと。今日の説明では、この点は自明と思っていたので省略した。
Q:地方公共団体にはシステムをインターネットに接続しないという問題があるが、どう考えるか?また、行政組織間の情報連携を阻むものはなにか?
A:自治体においては、個人情報保護が本質的でない形で必要以上に求められていることが影響していると考えている。また、行政間のシステム・情報連携には、事前に本人同意を求めるしかないが、それ自体は丁寧に実施すれば無理なことではないと思う
C(コメント):行政は個別の施策ごとに情報を収集し、収集した情報の利用範囲をその施策内に留める傾向がある。最初から利用範囲を広くするといった対応も必要になる。
C:システムはセキュアに設計し、システム間はセキュアに接続するようにできれば、ネットワーク自体はインターネットで構わない。これを進めれば、エストニアのX-roadと同様にシステム間の連携が当たり前になっていくだろう。

デジタル完結の推進について
Q:一気呵成のデジタル化というがどこから手を付けるべきか?
A:電子証明書の普及が本丸である。しかし、それには時間がかかるので、まずは受益者負担の考え方を放棄するということから進めてはどうか。
Q:一気呵成のデジタル化といっても、官側のやる気が問題になる。どこから進めようとしているのか?
A:中小企業経営にとって社会保険と創業は重要と考え、そこから進めるように主張している。創業は手間・対象数的には大きくないが、創業をデジタルで完結させることで、創業フェーズが終わっても手続きをデジタルでやる習慣が出来る。デジタルネイティブな法人が増えることに意義がある。
C:飲食店は開廃業が多い。飲食店を開業する際には、税務署に開業届を出すのに加えて、食品衛生について保健所に、防火について消防署に届けて検査を受ける必要がある。このような具体的な事例を取り上げて攻めるのもよいのではないか。
Q:創業にはビジネスプランの構築という長い準備段階がある。それを考えれば、印鑑届で少々時間を要しても問題はないという意見にどう反論するのか?
A:物理的な時間だけが問題なのではない。創業者がもっとも繁忙な時期に各種手続きに同じ情報の入力が求められたり、印鑑届を求められたり、意義が不明確な手数料を徴収されたりするのは、心理的な負担になる。そこを改善すれば、だれでも簡単に創業できるようになる。
C:創業はその人にとって一生に数回だが、士業にとっては毎日の業務である。士業は手続きを負担に感じないだろうが、一般の人は負担に感じるということを理解すべきだ。
Q:freeeの確定申告を利用しているが、一部の金融機関は口座データ連携に対応していない。どう突破するか?
A:最近のWeb事業者はAPI連携に当たり前のように取り組んでいるが、伝統的なサービス事業者は、銀行を含めてAPI公開に消極的である。これを突破する必要がある。
Q:既にあるデータを利用するというのは大切である。統計調査の場合、すでに官に提出した情報を再記入するように求めるのは調査対象側の協力意思を削ぐ。この問題をどう考えるか?
A:民間サービスではKPIをトラッキングできるように最初からシステムを設計する。統計は広い意味で政府のKPIとも言える。電子政府も統計調査が自動的にできるように、必要な情報がトラッキングできるように設計する必要がある。