メディア 新聞の未来 関口和一日本経済新聞社論説委員

わが国最初の日刊紙『横浜毎日新聞』が創刊されて以来、約1世紀半が過ぎましたが、情報化の進展とともに、マスメディアとしての新聞の位置づけは大きく変化しています。
わが国の新聞産業はどんな方向に向かうのでしょうか。どのようにして、ネットを含め他のメディアと差別化していくのでしょうか。セミナーシリーズ「メディアの未来」の第1回では、日本経済新聞社の関口和一氏をお招きし、「新聞の未来」についてお話しいただくことにしました。

 

日時:4月25日(木曜日) 午後6時30分から
場所:アルカディア市ヶ谷(私学会館)
司会:山田肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)
講師:関口和一 日本経済新聞社論説委員兼産業部編集委員
参加費:2000円(ICPF会員は無料です)
定員:50名(先着順)

冒頭、関口氏は、以下の内容についてプレゼンテーションを行った。

日本経済新聞に入社した1982年当時、手書きの原稿をファックス送信していた。その後、情報化とともに、新聞社の仕事の仕方も、新聞そのものも大きく変わっていった。1995年にはアメリカで世界初の電子新聞「The New Century Network」が誕生し、日経でも「サイバースペース革命」という特集記事が掲載された(関口氏が執筆した)。
2000年くらいに社内で「21世紀の魅力ある新聞作り」について議論したことがある。デジタル環境を前提に様々なメディアを比較すると、双方向性や画質・音質、複製・配布、保存などの機能で新聞は他のメディアに劣るところがあるが、網羅性、定期購読性、啓蒙性、地域情報などの点では優っている。これらを活かす新サービスが求められると考えた。
今のIT(情報技術)のトレンドは、クラウドコンピューティング、スマートフォン・タブレット、ソーシャルメディア、デジタルサイネージ、スマートテレビ、ビッグデータ、スマートグリッドである。こうしたトレンドに対応して日本経済新聞社がスタートさせたのが今の電子新聞である。いかにスマートフォンやタブレットなどにシームレスに記事を提供できるかが、ビジネス上の焦点である。
電子版はPCにもスマートフォンにも対応するマルチプラットフォームであり、新聞のような画面が見える紙面ビュワーが提供されてから購読者数が伸びている。有料会員の70%はスマートフォンで、30%はタブレットでアクセスする。電子版の記事本数は朝夕刊の300本の約3倍ある。これは、朝から夕方までに情報を更新しなければ購読者が満足しないという、電子版特有の事情を反映している。

その後、会場と以下のテーマで議論を深めた。

部数減少と新聞社の経営
各戸に配達されないオートロックマンションでは、居住する新聞記者ですら新聞を取らないというようなことも起きている。活字が好きな団塊の世代では新聞が残っていくが、中長期的には電子化していくことは間違いない。配達網は維持できなくなるし、それに伴う収入が消える。電子版単体の価格も、紙版にとって代わるようになればいずれは下がり、新聞社の経営は苦しくなる。
全国紙よりも、地域密着の地方紙のほうが今のところデジタル化の影響は少ないかもしれないが、長い目では同じである。地方紙の中には紙版との併読を前提としているところもあるが、地方の出身者で離れて東京に住んでいる人は出身地の地域情報を求めるので、電子化してを全国に販売するということも今後は可能だろう。電子版では各記事のアクセス数が把握でき、地域情報に人気があることもうかがえる。
読者層の高齢化を防ぐために電子版を提供して若者の読者を集める必要がある。日経電子版では就活情報など、若者向けの記事を増やしている。こうして、電子版の読者層を拡大していく必要がある。
紙面ビュワーを評価するのは今まで紙の新聞を読んでいた人であって、デジタルネイティブはスクリーンの横書きの記事配列を受け入れるだろう。高齢になると文字の拡大が便利という事情もあり、紙の新聞よりもデジタルの方が読みやすいという面もある。

記事提供の姿
世の中の多種多様な情報を選択して記事にし、重要度を見出しや並び順で示すという新聞の機能(編集機能)は、これからも世の中が必要とするだろう。情報が増えるほど、的確な情報を捕まえるのにコストがかかるようになるのだから、それを代行する編集というのはビジネスとして生き残るに違いない。
新聞各社にとってはいかにしてトップ記事を飾るかを争っているのが現状である。特ダネ競争の習慣が強く新聞社に残っているからだが、鮮度で勝負できなくなれば、「べた」でニュースを伝えるのではなく、調査報道のようなものに価値が移っていくだろう。これも新聞社にとっては重要なビジネスチャンスである。
経済ニュースが多いから日経は電子版を有料で売れるといわれる。確かにそういう面もあるが、そればかりではない。本当の投資家はもっと高いお金を払って特別の情報を集めている。新聞記事データベースの情報サービスも同様だが、お金を払う価値を感じてもらえなければ、販売していくのは難しい。ただ、電子版の過去記事の検索可能範囲は拡大しつつあり、次第にデータベースサービスと電子版は融合していくだろう。

未来の新聞
単にニュースを伝えればよいというわけではない。ソーシャルなつながりを作り出す、読者と双方向のコミュニティを作るというのが将来の姿だと思うが、具体的にどう実現していくかはまだはっきりしていない。
電子版ではアクセス数が分析できるし、リコメンデーション機能も組み込める。今までのように社会面、経済面と順番に並べる紙面とは異なる形で記事を提供するのが電子版である。
新聞には編集機能や調査報道に象徴されるような啓蒙的な働きがあり、それが社会的に評価されている。だから、やたらに購読者に迎合し、読者好みの記事だけを提供するのは正しい姿ではない。ブログジャーナリズムでは十分な確証を取らないままの記事も出てきた。人権を守る、プライバシーを守る、無断引用はしない、といった基礎的な教育を受けていない人は、ジャーナリストとして働いてはいけない。基礎的教育の機会を提供するのも新聞社の機能であろう。
調査報道に期待し、市民が寄付するドネーションモデルのネットメディアがアメリカで生まれた。これも将来的な新聞の姿なのかもしれない。一方で、電子版への課金が成功したことで、アメリカでは収支が底を打ったとも聞いている。読者の支持を得て課金し、収支を合わせていくということが今後は重要である。無料の広告モデルもあるが、過剰に広告主に配慮していては、読者の支持は得られないだろう。

以上