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JWAC・ICPFセミナー「ここまで来たウェブアクセシビリティ:ユーザビリティが求められる時代に」 山田 肇東洋大学名誉教授

主催:ウェブアクセシビリティ推進協会(JWAC)
共催:情報通信政策フォーラム(ICPF)
開催日時:2025年5月28日水曜日 午後7時30分から1時間程度
講演者:山田 肇東洋大学名誉教授(ICPF理事長、JWAC理事、JAPL(日本プレインランゲージ協会)理事)

山田肇氏の講演資料はこちらにあります

75名が参加したセミナーで、冒頭、山田氏は次にように講演した。

  • 民間団体W3Cでウェブコンテンツ・アクセシビリティ・ガイドライン(WCAG 1.0)が1999年に誕生。国内標準JIS X 8341-3の初版は2004年であった。2008年版WCAG 2.0には日本人エキスパートの努力でX 8341-3が反映され、WCAG 2.0をそのまま受け入れたISO/IEC 40500が2012年に出版された。ISO/IEC 40500に整合するようJIS X 8341-3は2016年に改正されている。
  • しかしWCAG 2.0、ISO/IEC 40500、JIS X 8341-3は、17年落ちの古い標準である。最大の課題はスマートフォンによる閲覧を想定していないこと。わが国では2010年のスマートフォン比率は4%、2024年は97%と大きな違いがある。
  • そこでスマートフォンに関する達成基準を追加した、WCAG 2.1が2018年に誕生している。スマートフォンに関する達成基準の追加例がリフローである。その後、WCAG 2.2が2023年に完成。ISO/IEC 40500をWCAG 2.2に一致させる改正がほぼ完了し、JIS X 8341-3の改正版は2026年に発行予定となっている。こうして、ウェブコンテンツのアクセシビリティ基準はスマートフォン対応に発展してきた。
  • 首相官邸サイトのアクセシビリティ方針は、JIS X 8341-3:2016のレベルAAに準拠である。しかし、首相官邸サイトでは情報がうまく見つからない。「第217回国会における石破内閣総理大臣施政方針演説」のページには演説本文が見当たらない。ページ下部の「もっと見る」をクリックすると「演説全文」にたどり着く。演説風景の写真だけのページで「もっと見る」を探すように求めるデザインはダメだ。しかも、石破総理施政方針演説の冒頭の「国づくりの基本軸」は961文字も費やしているのに、何を言いたいかが読み取れない。
  • 他国での伝わるコミュニケーションへの対応は異なる。池上彰氏が「トランプ大統領はもう少し知識のある言い回しにすべき」と批判したことがある。しかし、連邦国勢調査局の2019年調査によれば、22%の世帯は自宅では英語以外の言語を使用している。英語だけでは完全なコミュニケーションが取れない国民の存在を前提として、公共も民間も情報を発信しているのである。
  • 連邦法Plain Writing Act of 2010の目的は「国民が理解し利用できる、政府の明確なコミュニケーションを促進し、国民に対する連邦機関の有効性と説明責任を改善する」である。一般国民向けの情報提供は、義務教育終了段階の国民が理解できるように記述することになっている。「Federal Plain Language Guidelines」は、基本三原則として「読者は必要な情報を発見できる」「発見したものが理解できる」「発見したものをきちんと利用できる」を掲げ、実践の第一歩は「読者を考えよ」である。
  • 欧州連合ではCitizens’ Language Policy(2020)によって、明確なコミュニケーションを図ることが義務となっている。ノルウェ―、ニュージーランドも同様。
  • プレインランゲージの国際標準ISO 24495-1:2023が発行されている。読者を特定したうえで、4つの基本原則に沿って文書を作成するように求めている。原則は「読者は必要な情報を入手できる」「読者は必要な情報を簡単に見つけられる」「読者は見つけた情報を簡単に理解できる」「読者はその情報を使いやすい」が掲げられている」。
  • 国際・国内標準は、ユーザビリティを「特定のユーザが特定の利用状況において、システム、製品又はサービスを利用する際に、効果、効率及び満足を伴って特定の目標を達成する度合い」、アクセシビリティを「製品、システム、サービス、環境及び施設が、特定の利用状況において特定の目標を達成するために、ユーザの多様なニーズ、特性及び能力で使える度合い」と定義している。多様なユーザA、B、Cがそれなりに使える度合いがアクセシビリティだが、それだけでは特定ユーザのユーザビリティが高いとは言えない。
  • プレインランゲージ原則に沿えば、その読者にとってユーザビリティ(効果、効率、満足の度合い)が高い文書が作成できる。読者として中学卒業レベルの読解力を持つ人を想定して、プレインランゲージ原則に沿ってサイトを作れば、多くの市民にとって効果(役に立ち)、効率が高い、満足できるサイトができる。わが国のサイトはプレインランゲージ原則に沿った改善が求められる。
  • ウェブアクセシビリティ基準WCAG 2.2には「読解レベル」への対応という、レベルAAAともっとも高度な達成基準がある。「固有名詞や題名を取り除いた状態で、テキストが前期中等教育レベルを超えた読解力を必要とする場合は、補足コンテンツ又は前期中等教育レベルを超えた読解力を必要としない版が利用できるように」と求めている。「コンテンツ制作者が難解又は複雑なウェブコンテンツを公開できるようにしながらも、読字障害のある利用者の手助けとなるための達成基準だそうだ。
  • プレインランゲージ原則に沿えば、読字障害のある利用者に加え、広く多くの利用者に伝わり響き、読解レベル基準も達成されるのである。

講演後、次のような質疑があった。

サイトの具体的な改善について
質問(Q):プレインジャパニーズ原則に基づいてサイトに載せる文章を作れというが、どんな文章を書けばよいのか。
回答(A):主語述語を明確にする、二重否定を用いない、短文にするなど作文作法を守ってほしい。詳細は「プレインジャパニーズの教科書」で説明している。また、この作文作法で書いた文章はAI翻訳でも精度が上がる。外国の方に説明する等にも適している。

公共機関でのアクセシビリティ対応について
Q:官公庁などでのウェブアクセシビリティ対応は進んでいるのか。
A:「みんなの公共サイト運用ガイドライン」を総務省が公表して、アクセシビリティに対応したサイトを構築するように各府省・地方公共団体に求めているが、進捗は今一つである。一気にアクセシビリティ対応に転換するのは困難という現実があるので、ガイドラインは毎年進歩していくのが重要と説明しているのだが、毎年の進捗をチェックしている各府省・地方公共団体も少ない。加えて、官邸サイトについて説明したように、内容の理解が難しいサイトも多く改善が求められる。

デジタル教科書でのアクセシビリティ対応について
Q:デジタル教科書のアクセシビリティ対応は進んでいるのか。引っ越しなどで年度途中に教科書が変わり、苦労している子供がいると聞いているが。
A:デジタル教科書にはアクセシビリティ設定機能がある。しかし、設定方法が教科書会社ごとに違うので、国語、算数、理科、社会と設定していくのは面倒である。講演者は統一すべきと提言しているが、まだ実現していない。GIGAスクールについては、6月に文部科学省の課長をお招きしてセミナーを開くので聴講いただきたい。

ウェブアクセシビリティ技術基準自体のわかりやすさについて
Q:そもそもウェブアクセシビリティ技術基準は理解が難しい。改正版では改善されるのか。
A:改善されない。英文の国際標準をそのまま和訳した国内標準(国際整合国内標準)なので、英文のわかりにくさを引きずっている。しかし我が国にはウェブアクセシビリティ基盤委員会という組織があり、そこで標準についての解説を公開している。この解説はわかりやすいので、参考にしていただきたい。

オンラインセミナー「ここまで来たIoTセンシング」 田中宏和広島市立大学教授ほか

開催日時:2025年5月21日水曜日 午後7時から1時間程度
開催方法:ZOOMセミナー
参加定員:100名
講演者:
山田 肇・ICPF理事長:デジタルヘルスの市場動向
田中宏和・広島市立大学教授:国際標準IEC 63430の内容と価値

山田 肇氏の講演資料はこちらにあります
田中宏和氏の講演資料はこちらにあります

冒頭、山田氏は次のように講演した。

  • Apple watchによる心電図測定について精度が確認されたという2019年の成功事例から、センシングIoTの市場が動き出した。
  • 日々の健康を守るフィットネスアプリがスマートフォン用に提供されている。フィットネスアプリ等で取得した情報を蓄積して解析して、対象者の課題を明確化するデジタルバイオマーカーは新薬開発などで利用されている。デジタル技術を活用した医薬品「デジタル薬」も、行動変容を促すアプリとして医薬品として承認されている。
  • デジタル技術を活用するヘルステックは健康医療介護サービスの効果を高め、効率を上げ、革新をもたらす技術である。2025年1月の米国CESでは二大注目技術として扱われた。
  • 介護施設向けに介護業務を支援するシステムも実用化され、厚生労働省は介護報酬の2024年改定で、支援システムを導入した介護施設のスタッフ配置人員数を現行の2人以上から6人以上に緩和した。
  • デジタルヘルス世界市場規模は、2024年の288USb$(41兆円)が 、2030年まで年率22%で成長するとされている。日本のデジタルヘルス市場は、2024年の7兆円が、2033年までに12.9兆円になるとの予測がある。「介護テック」「エイジテック」等と呼び方は異なるが複数の市場調査会社が同様の予測を発表している。
  • 高齢者向けの生体情報センシングは、加齢に伴う状態変化によって、IoTセンサを着脱する必要性がある。フィットネスアプリ、デジタルバイオマーカー等でも、事情は同様である。IoTセンサ個々に、サービスを提供する企業個々に、センサの着脱について設計する非効率は、デジタルヘルス産業発展の隘路になる。
  • 課題解決のために、センシングIoTの国際標準IEC 63430が開発された。この国際標準によって、特定のスマートウォッチと特定のスマートフォンの組み合わせがもたらす市場独占を開放する可能性がある。経済産業省は、日本企業がRule TakerからRule Maker に変革するのを支援する「日本型標準加速化モデル」を推進中している。日本主導で国際標準化したIEC 63430の市場での成功に大きな期待が寄せられている。

次いで田中氏が講演した。

  • 2017年時点で日本は世界でナンバーワンの「センサ」王国で、マーケットシェアの50%以上を握っていた。現在でもセンサの世界出荷台数は伸び続け、さらなる成長が予想されている。その中でも医療・ヘルスケア用の伸び率は大きい。
  • 住環境周りでは、センサによる個々の機器の自動化から、機器同士をつないで連携に進み、環境側の条件、人の活動状況、機器の動作状況を連続的に取得・処理して、最適なサービスを提供できるようになりつつある。
  • そこで、多様な利用例(ユースケース)をベースに標準化課題を洗い出すという手法で、国際標準化が進められている。たとえば、ウェアラブルセンサを介し生体データ(心拍・呼吸数など)をスマホやBANハブなどで集約する短距離無線通信規格が作られた。これがSmart BAN (Body Area Network)である。
  • ユースケースを基に考える手法で生まれるのは、社会課題からのニーズ定義に基づく規格であり、特定の社会課題を解決するための必須要件であり、社会に新しい市場を創生する可能性を持つ。
  • ユースケースをベースにする手法から、異なるメーカーや機器間でも共通的に処理できるようセンサデータをコンテナ化し,フォーマットを統一することで,アプリケーション開発のコスト削減と期間短縮を実現するという国際標準が生まれた。大量で多様なセンサデータを利用するサービスに必須の技術、IEC 63430に基づくIoTデータコンテナ技術である。
  • IoTデータコンテナ技術は今後製造や流通、金融、建設、運輸、サービス、エネルギー、公共などのさまざまな分野・領域で適用されるだろう。そのための普及啓発活動をセンシングIoTデータコンソーシアム が中心となって進めている。コンソーシアムはユースケース開発、実装に向けた技術紹介とサポートを行う。
  • しかし、このような技術の利用者には、自らのデータのセキュリティ、プライバシーに関する不安、自らのデータを把握・制御できない不安がある。
  • そこで、利用者が自らの生体センサ等で取得したパーソナルデータを、スマホやタブレットなどのエッジコンピューティングデバイスにセキュアに保存・管理するための国際標準の作成を進めている。セキュアにセンサデータを蓄積・管理する仕組みの定義、サービス定義書/制御つきデータコンテナの定義、ユーザデータ提供に関する本人同意プロセスの定義などである。

二つの講演後、次のような質疑があった。

プライバシーとセキュリティの標準化について
質問(Q):プライバシーとセキュリティの標準化は他の組織とリエゾン(連携)して進めているのか。
回答田中(AT):ISO/IEC JTC 1/SC 27の活動などによって多くの国際標準が存在する。それらを集めてきて、どのように利用すればよいかを考える。それをセンシングIoTサービスに適用するための、特有の技術条件を洗い出す。
コメント(C):そうだとすると、SC 27/WG 5などと勉強会(Special Project)を開くところから始めることをお勧めする。
回答山田(AY):サービス利用者の不安を解消するために国際標準を作るが、一から作るものではない。各国法制を基に「本人からの事前同意をとる」といった運営上のルールをガイドライン化する制度に関わる活動、既存の標準をベースに特有の技術条件を洗い出す技術的な活動の両面を進めていきたい。

PHR(個人健康記録)との連携について
Q:PHR(個人健康記録)との相性が高いのではないか。
AT:その通りで、一緒にやれば価値が高まるというマインドを醸成していきたい。簡単にセンシングIoTを組み込めるような、無料のプラットフォームを作るといった仕掛けも必要かもしれない。
AY:親和性は高い。そのためにセンシングIoTデータコンソーシアムはPHRサービス事業協会と連携して、相互に勉強会で紹介するなどの活動を進めている。

普及活動について
Q:コンテナフォーマットの利用例はまだ少ない。まずは国内で実績を作るべきではないか。
AT:しばらくはバラバラに進まざるを得ないが、IEC63430を使うと便利だよね、という実績が出るように支援していきたい。開発効率の向上、コストの低下などに関する説明を強化するためにもコンソーシアムを作っている。コンソーシアムで実装事例を提示していきたい。
AY:実装事例についてはビジネス化されればベストだが、実証実験でも構わないので、実績を上げていきたい。
Q:メジャーなプレイヤーの認識を高める活動も必要ではないか。
AT:海外展開も想定して、英語での説明にも努力している。
AY:米国西海岸のメジャーなプレイヤーは囲い込みに走りがちだが、他国、例えばイスラエル、カナダ、スコットランド、ベトナムなどは日本市場に興味を持っているので、それらとの連携を深める方向で活動を進めている。