知的財産 電子書籍の工芸論:産業競争力と教育創新力を考える 妹尾堅一郎東京大学特任教授

特定非営利活動法人情報通信政策フォーラム(ICPF)主催
IEEE TMC Japan Chapter協賛

 ICPFでは平成22年度秋季に「電子書籍をめぐる動向」と題するセミナーシリーズを開催してきました。このシリーズを総括し、電子書籍についていっそう議論を深めるため、3月29日にシンポジウムを予定しておりましたが、東日本大震災の影響で中止を余儀なくされました。そこで、シンポジウムに登壇を予定していた三氏に、連続して講演いただく、春季セミナーを引き続き開催することにしました。
その第2回は、妹尾堅一郎氏にお願いします。本セミナーでは、電子書籍を巡る二つの側面、すなわち産業論と文化論の両面について俯瞰的に議論をします。
講師は、一方で、知的財産戦略本部「知的財産による競争力強化・国際標準化専門調査会」会長として、技術力を基盤とした産業モデルについて議論を行っています。その観点から、最新のデバイスからコンテンツまでを跨ぐビジネスモデルの一般論という観点から電子書籍関連ビジネスを俯瞰します。
その一方で、講師はCIEC(コンピュータ利用教育学会)会長として、特に教育における電子書籍の意味を議論しています。その観点から、電子書籍による教育イノベーションの可能性を俯瞰します。
今後の日本にとって極めて重要な論点として、参加者の皆さんへ問題提起いたしますので、意見交換等ができればと思います。

概要:

日時:6月21日火曜日午後6時半から8時半
場所:東洋大学白山キャンパス5号館5201教室
講師:妹尾堅一郎氏(東京大学特任教授・NPO産学連携推進機構理事長)
題目:「電子書籍の工芸論:産業競争力と教育創新力を考える」
司会:山田 肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)

議事要旨

講演はレジュメに基づいて行われた。その要点は次の通りである。

 東日本大震災は、我が国社会が「リスク社会」であることを改めて明らかにした。ニーズ(欠乏・不足)をどう満たすかではなく、リスクをいかに回避するかが社会の関心である。阪神大震災、サリン事件、銀行の連鎖倒産、狂牛病と続き、人々は「今を失いたくない」と考えるようになった。健康ブームもその流れと理解できる。そんな中で、今、ビジネス(業務)の継続性や教育の継続性が問われている。

 具体的にどうビジネスを継続するのか。サプライチェーンでのリスク分散のために標準品が要求されるようになる。独自品提供者には、「技術移転してくれ、ライセンスしてくれ」との圧力がかかり、新興国に技術が流出するようになる。日本では「コスト競争よりも差別化」という意見が強い。しかし、独自技術・独自製品・独自生産・独自供給という日本の得意なモデルが許されなくなったとき、先進国勝ち組と新興国の共闘に対抗する術はあるのか。

 我が国は、科学技術立国、文化立国、知財立国と観光立国を標榜している。科学技術そのものは、日本人が使おうがインドの人が使おうが同じ、universalityが基本である。しかしその中にuniquenessが光らなければならない。それが立国のカギであるはずだ。しかし知財資源が多い知財大国にもかかわらず、知財立国できていないのが現実だ。事業・産業で勝てない状況を打破するためにインプルーブメント(改善:モデルの錬磨)ではなく、イノベーション(モデルの創新)が求められている。

 テクノロジー(工業)とアート(芸業)、あるいはテクノロジーとデザインの融合(技術知性と芸術感性の融合)に一つの可能性がある。エンジニア×アーティスト(artisan)が活躍する場を作りたい。町工場と中小企業群というのは日独伊英仏の特徴で、中国にも韓国にも無い。工と芸が結びつく場所として秋葉原の再活性化を進めてきた。

 ワープロの時代に、NEC、東芝、富士通などの製品は互換性がなかった。integralにして、自前技術で抱え込みながら差別化する、これで80年代日本はピークに立った。その後、PCが出現した。当時ハードウェア・ソフトウェアという言葉が無かったのが、ハードとソフトは分離され、インテルとマイクロソフトの共闘に日本のセットメーカーは充足させられた。しかし、そのマイクロソフトもいよいよ足下を脅かされている。グーグル等のネットワークサービスのレイヤーに価値が移行させられているからである。価値形成はモノの所有からサービスの使用になったのだ。ガラケーは出荷時に機能が決まる。一方スマートフォンでは、機能付加がユーザーの手に委ねられている。価値形成を利用者が自由にできることは、「スマート」の一つである。

 家電やIT機器の意味が変容している。我々の世代はテレビ受像器とテレビ番組をワンセットで考えていた。若い世代は分けて考える。TV番組をPCで見る人もいれば、ワンセグで見る人も、iPhoneで見る人もいる。にもかかわらず我々は、古いTVという言葉と概念で語ることが多い。それでは未来は開けない。パソコンとは何か。90年代の人は計算機と答えた。2000年代にはメディアだと答えた。そして今は「ネットワークサービスのインタフェース」と考えるべきだ。

 iPodとiTunes Storeは相乗的な価値形成で勝利した。インターフェースデザインを起点としたインベンションである。アフォーダンスに満ちているので、iPodもiPhoneも取扱説明書は一切要らない。見れば判るデザインだ。だからこそ乗り換えが困難になる。気付いたら囲い込まれている。スタンドアローンで強いのが日本がネットワークトになったとたん負けたのは、価値形成モデルが旧態依然であるからだ。物作りだけに注力したら負け犬になるだろう。

 世の中は、単体から複合へ、複合から複層へ向かっている。特許制度などはすべて単体を前提にしており、今では古い制度になっている。今は、同業者をベンチマークする時代では無い。他業界にこそ参考になるビジネスモデルが山ほどある。1製品1技術1特許の時代から、1製品多数技術多数特許の時代に移った。今は、どこを標準化して市場形成を加速化し、どこを特許とノウハウ秘匿によって独自の価値領域にするのか、そのオープンやクローズの使い分けの時代である。そのような商品アーキテクチャを形成しなければならない。

 あらゆる機器やサービスが、ロボット化していったら、誰が主導権を握るのか。日本と欧米で考え方が違う。日本は作業系を最高品質・高安定性を誇ろうとする。対して欧米系の勝組は、上位レイヤーである制御系システム(プロセッサ、アーキテクチャ、基盤ソフト)を握ろうとする。

 制御系のアプリによってロボット化した機械が動けば、その稼働助教のログデータはすべて蓄積される。そのログがサービスの宝庫となる。だから、スマートグリッドでIBMが動き、Googleが自動車に入ってくるのだ。この全体の構図の中で日本はどうするのか。全体像を見れば判るのにも関わらず、いまだ「ものづくり」で優位性をつくろうとしている。ものづくり力を活かしたければ、いったんものづくり離れをしなければならないパラドクスを認識すべきだ。

 コンピューター利用教育学会(CIEC)の会長を拝命している。その立場では、既存知識を伝えるだけのために電子書籍を使うことにはあまり賛同できない。電子デバイスの持つ、クリエイティブな知の創出と活用に結びつけることが大切である。

主な質疑応答は次の通りであった。

 著作権も特許制度と同じで、制度として機能していないのではないか。AppleのiCloudをマスコミはたたえるが、我が国では同様のMYUTAというサービスが、著作権法違反となった。制度が古すぎるのではない。 → おっしゃる通り。消費者保護の名目の元に、既得権者を守り過ぎている傾向があるようだ。

 ニーズ社会からリスク社会への変化というが、官公庁自体はその変化に対応していないのが問題ではないか。 → 成長戦略を決めるときなど、部局縦割りの姿があまりに強すぎ、違和感があった。

 電子新聞で朝日や日経は月々プラス2000円だという。電子新聞を巡るサービスとしてデータベースも視野に入れるべきだが、一つ一つの記事が読める、ことに留まっていて新しいビジネスモデルが考えられていない。 → アーカイブは利用されることによって価値が加速的に高まる。そこに踏み出さないと新聞に未来はない。

 ハードウェアがあってサービスがあって、最終的にはログをどうするのか、というところを言及されたが、ログデータというのは、まさに個人データ。無意識な個人情報を、どこまで使えるのか。 → ライフログの話で言えば、介護上はトイレの利用状況が分かったほうがよい。映画『2001年宇宙の旅』では、ディスカバリー号自体がロボットで、その中に人が住んでいた。今やそのような時代だと認識すべきだ。

 ログデータは個人が作り出す。プロテクションするのか活用するのか。 → 独立自尊の精神では、Own riskと考えるべきである。

 電子書籍は傾向としてサービスの方向へいくだろう。サービスに付加価値をつけることになるだろう。それでは、社会の価値観をどう考えるのか。 → サービスレイヤーに移っていくのは、IBMがまさにやったこと。しかし、最終的にはコンテンツを創出する人が重要となる。しかしなぜアニメの制作会社が窮地に陥るのか。ビジネスモデルが旧態依然であるからだ。AKB48は、通常の製造業やサービス業を超えるモデルを形成している。単なる人気商売とあなどってはいけない。