教育 改革を阻む制度の壁:ネットと教育 川原洋サイバー大学IT総合学部教授

概要

情報通信政策フォーラム秋季セミナーシリーズ
『改革を阻む制度の壁』-IEEE TMC Japan Chapter 協賛-

情報社会への移行を阻む大きな障壁の一つが既存の制度です。わが国には情報通信が今のように発展する前に形作られた法律・規則・慣行などの制度が多く残り、それが情報通信技術をフルに活用する社会への転換を阻んでいます。
他国では遠隔教育も当たり前のことになりつつありますが、わが国ではまだ広く利用されるには至っていません。ネットによる教育は、とくに社会人のスキルアップ・再教育に有効と思われますが、これに先進的に取り組み、サイバー大学の設立・運営に苦労されている、川原 洋氏にご意見をうかがうセミナーを開催することにしました。

<スピーカー>
川原洋氏(サイバー大学IT総合学部教授)

<モデレーター>
山田肇(東洋大学教授・ICPF副理事長)

講演資料

 

「100%ネット大学のチャレンジ」

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質疑応答

川原洋氏より「100%ネット大学のチャレンジ」と題しての講演があり、その後質疑応答が行われた。質疑応答の概要は次のとおりである。

学生に対する指導に関する質疑

Q:放送大学の修了率は5%という話もあるというが、サイバー大学はどのくらいを目指すのか
A:一期生には、最初の入学者・卒業者という看板を求めたものもいるようで、ドロップアウト率は高そうである。二期生以降は大丈夫そうで、最終的なところはわからないが出席率は90%にも達している。これはメンターを置いた効果だと考えている。メンターはネットでつながっている主に大学院生や社会人で、学生の履修状況をモニターしたり、必要に応じて激励したり、相談に乗ったりする仕事をしている。メンターが側面支援することで満足度も上がっている。文部省からもメンターをしっかり整備しろといわれたのでがんばった。
Q:メンターは有償か?
A:謝金を支払っている。1日3時間、週5日目を目安に働いてもらっている。
Q:一科目あたりの受講人数は?
A:最大は250。20から30人ぐらいが多い。
Q:250人では親密な指導はできないが?
A:メンターが25人に一人付いている。ここにもメンターの重要性がある。

講義方法などに関する質疑

Q:学生とのディベートはどうやって行うのか?
A;テーマは教員やメンターが決める。各科目においてディベートは定型的に運用することになっており、シラバスに「○回発言しないと出席にしない」と書いている先生もいる。実施にはスレッドが残るウェブサイト上で討論することになる。
Q:対面だったら学生の反応を見て授業内容をその場で変化できるけど、オンラインではどうするのか?
A:授業設計のガイダンスとしては、全体レベルはできるだけ基礎的におさえ、落ちこぼれが出ないようにしている。飛び出て優秀な学生には個別の指導や追加の課題を提供することで学力差への対応を心がけている。授業コンテンツそのものの内容は、経験や実績にもとづいてメンテナンスしていきたい。
Q:ビデオは一期分を一気に撮るのか?
A:はい。60分授業が確保できるよう、長めに収録して編集する。オンデマンド授業の場合、無駄口や冗談が言えないので時間的な冗長性がない。編集に最低1週間はかかる。学生の反応を見ながら毎週変化させるのは、準備期間や編集コストなどから、教員負担、費用面からもまだむずかしい。

本人確認に関する質疑

Q:本人確認の方法と基準について法律には細かく明記されていない。文部科学省と交渉したのか?
A:官僚や審査委員と交渉はした。具体例はこちらが提示しないといけなかった。要は本人確認において、どのような不正が可能かという性悪説に立ってシステムと運用体制を整備してきた。海外在住の学生など、シンクロック(3G携帯による認証システム)が使えない学生向けの代替方法も提供するなど、文科省の半歩先を行くように提案して、今まで来ている。我々がテストケースになって基準ができ、次の大学へ同様の要件が課されているように思われる。なお、オンライン上のテストは、監視不可能だから、すべて持ち込みテストになっている。しかし、受験者を試験中もモニターしての本人確認するなど、厳格に行っている。
Q:海外の事例は調べたか?
A:調べたが、ここまで本人確認を厳重にやっているところはない。
Q:本人確認といっても双子は確認できないのでは?
A:確かにできない。しかし、通常の学習指導において、本人のレポートの質やレベルが変われば、読んでいればわかる。運営上の課題であり、学生との接触によってある程度解決できる(ソフト的な課題である)。

利用する機器に関する質疑

Q:受講はパソコンでするのか、携帯も利用できるのか?
A:パソコンである。
Q:ある程度の解像度が必要とか、決められているのか?
A:一般的な解像度がある、普通の画面であることを想定して特に指定はしていない。携帯でも受講できるようにしようと思ったが、文科省からPCによるeラーニングを前提に認可しているといわれて止められた。iPhoneでも可能だが、今はできない。携帯を利用する効果を実証し、学会等で報告し、その効果について広く認知された上で運用を文部省に認めてもらうというステップをとっていきたい。
Q:電車の中でも受けられるようになるといいが?
A:通信制大学においては、特に社会人学生は、隙間時間をいかに活用するのかが重要である。その点で携帯利用は将来の方向である。

著作権法との関係に関する質疑

Q:著作権法35条の問題(教育への著作物の利用)だが、民間の「著作権法第35条ガイドライン協議会」なるものの基準を守ろうというのはなぜか? 法律通り利用して、解釈は争えばよいのではないか?
A:よけいな議論を排除し、100%安全なところで運用するため、今の体制になっている。大学としても著作権について無駄な争いは避けたい。
Q:誰が作っても同じになるような図表などの教材でも作り直しているのか?
A:はい。すべて自分たちで作る。また、インターネットを雲で表現する図のように、しばしば利用される共通素材は学校のスタッフが作図し、教員に提供している。
Q:先人の教材を活用できないのでは?
A:教員が自分の言葉で書き直す。引用の時は引用ガイドラインに沿う。そして、許諾を得る、もしくは断りを入れておく。通常の著作物の扱いと同じである。
Q:世界遺産学部は遺跡の写真など大変だろうが、全部撮っているのか?
A:基本的に教員が撮影したものをつかっているか、使用許可を得ているもの。
Q:退任された先生の教材も使うのか?
A:許可してもらえれば使う。肖像権問題もあるのでダメといわれてしまったらダメだが。
Q:教材は法人の権利にしてあるのか?
A:配信コンテンツの権利は大学にあるが、その中でつかわれているパワーポイントなどのパーツは個々の先生のもの。先生方は自由に使われている。

情報アクセシビリティに関する質疑

Q:アクセシビリティの議論は出てこなかったのか?
A:出ている。サイバー大学のWebサイトは、以前全盲の先生がアクセシビリティ委員会におられたので、そのときのガイドラインに沿って視覚障害に対応している。あとは音声の文字化に対応できればよい。
Q:そういうことをやれ、という運動は起きてないのか?
A:まだ具体的な学生の要望は聞いていない。

学期制に関係する質疑

Q:3年で卒業できるとなっているが、年に32週履修して3年で卒業できるのか?
A:年32週しか講義は提供しないが、学期当たりの履修単位数をより多く取れば卒業できる。
Q:32週制で夏休み、春休みの期間は決まっているの? 社会人学生のなかには、春学期や秋学期に履修できない人もでると思うが?
A:休みは決まっている。社会人学生が多く、社会人には休みはいらないと思う。休み中に教養科目を集中講義して、学期中は専門科目に集中するなどトライしたいアイデアはあるが、なかなかむずかしい。クォーター制(10+10+10+5=三学期+集中)も検討したことがある。
Q:15週で一科目か? それとも年間30回の科目もあるのか?
A:教養科目などは短い回数で完了する。1単位8回授業で完了する。

サークル、設備などに関する質疑

Q:サークル・クラブについてサイバー大学はどう考えているか?
A:バーチャルなサークル活動は学内SNS上で行われている。関西地域などでは学生が定期的に集まって勉強会をやっている。サークルには大学はノータッチだが、地域担任制をしいており、公開授業をやったり、面談やったりして、リアルな接触を保っている。オフィスアワーを用意してskypeで会話もしている。
Q:体育館とか保健室とかの物理的基準があるという話を聞いているが?
A:特区で緩和されている。広い敷地とか教室などの建物が必要ないので助かっている。図書館と保健室は作れといわれたので作った。
Q:図書館はリアル? それともバーチャル?
A:両方ある。世界遺産学部の先生方がたくさん持っている本を寄贈してくれた。司書を入れて整理し、図書の目録をオンライン化し、貸し出しのリクエストを受けたら宅配で送る仕組みになっている。
Q.保健室もリアル?
A.リアル。ベッドもある。

特区制度に関する質疑

Q:特区制度で大学ができたが期限はいつまでなのか、ほかの地域に広げることができるのか。
A:特区の申請期限はあるが、一度認可された特区の利用期限はないと理解している。
Q:私の理解では、特区は成功すればどんどん広げていくものではないの?
A:現行法を遵守し、すべての授業をオンラインで行い、学位の正当性を担保するシステムや体制づくりは大変だと思う。

大学の経営に関する質疑

Q:外国ではネット大学がもっと作りやすいのは? 事例とかありますか?
A:日本は後進国。アメリカ、韓国は進んでいる。適用する法律も違うけれど、社会人学生へのインセンティブ、従って市場ニーズが全然違う。アメリカはもともと社会人学生が多いので体制が整っている。日本では会社に内緒で通っている学生もいるくらいだ。
Q:経営のパフォーマンスは?
A:まだ赤字。ソフトバンクのバックアップがあって維持している。企業の社会貢献的位置づけともいえる。短期間で成果がでるものではないということは経営側にも了解してもらっている。
Q:社会人学生は株主関連の会社からきているのか?
A:全然いない(笑)。ソフトバンクも奨励金を出しているけれどあまり入学してこない。
Q:学部の拡充は考えているのか?
A:まずは定員充足が先。気軽に学部は作れない。
Q:なぜ「大学」をつくったのか? 大学と大学院は違う。社会人は大学院で2年間専門的なことを学びたいと考えるのではないか?
A:まずは、大学に通えない人を通えるようにするという理念で大学を先行した。実際、高齢者、障害者、海外居住者なども学生になっている。
Q:講義の教材や動画はほかの大学にも売れるのではないか?
A:買ってください(笑)。大学はまず自分のところの教員を大事にするし、単位認定の問題でむずかしいだろう。通常の大学でなかなかeラーニングそのものが進まないのは講義が密室状態にあることが原因ではないか。サイバー大学ではすべての講義やシラバスがオープンなので、教室に授業参観者がいるような状態である。これも教材がよくなっていくのに役立っていると思う。

 

スケジュール

18時30分 開始
18時30分 川原洋氏 「サイバー大学が遭遇した制度の壁(仮)」
19時30分 質疑応答(モデレータ:山田肇)
20時30分 終了

<日時>
1月21日(木曜日)18:30~20:30

<場所>
東洋大学 白山キャンパス 5201教室(5号館2階)
・都営三田線「白山駅」A3出入口から徒歩5分
・東京メトロ南北線「本駒込駅」1番出入口から徒歩8分
・都営バス 草63系統「東洋大学前」バス停からすぐ

<参加費>
2,000円(資料費) ※ICPF会員は無料(会場で入会できます)

<定員>
50名 ※先着順。定員に達し次第、受付を終了いたします。