健康 遠隔医療の経済効果 辻正次兵庫県立大学大学院教授

日時:5月28日(水曜日) 午後6時30分~8時30分
場所:東洋大学白山キャンパス 5号館1階5103教室
司会:山田肇(東洋大学経済学部教授、ICPF理事長)
講師:辻正次(兵庫県立大学大学院教授)

講演資料はこちらにあります。 資料1  資料2

辻氏は、資料に基づいて次のように講演した。

  • 東北の最上町で調査を行った際に、治った後も「寒いからしばらく入院」という高齢者の社会的入院が多いことに気づいた。それ以来、遠隔医療の経済効果を20年以上にわたり研究している。遠隔医療には、D2DとD2Pがある。D2Dは医師が医師をサポートする遠隔病理診断・画像診断であり、だいぶ利用されるようになった。患者向けのD2Pは90年代に非常に盛んになったが、だんだんと減っている。
  • 福島県の西会津町での研究結果を報告する。遠隔医療がペイしているか、国民健康保険のレセプト・データを利用して費用便益分析して調べた。医療保険による保険者の遠隔医療加算額を具体的に算出するなど、持続可能な運用のために何が必要かを明らかにすることが目的である。
  • 西会津町は、現在人口8,107人、世帯数2,949世帯、高齢化率40.32%で、町内には4つの診療所がある。在宅健康管理システムの運用はおよそ20年にもなり、日本で2番目に導入された地域である。昭和60年ころには、脳血管疾患の死亡率や平均寿命などのデータから最も短命な町とも言われた。町長が「百歳への挑戦」というスローガンで、健康づくりへの取り組みを積極的にはじめた。
  • 西会津町では、健康づくりの一環として、自宅に居ながら保健師の指導を受けることができる在宅健康管理システム「うらら」を平成6年11月に導入した。「うらら」は、現在は町内587台が導入されていて、1台で家族3名まで登録して利用できる。導入費用は、補助金と町の一般財源で、運用費用は町負担となっており、町民は端末を利用する費用は無料となっている。
  • 「うらら」からは、血圧・脈拍・心電図・血中酸素のバイダルデータを保健センターに送信できる。10問ほどの問診票もついており、Yes/Noで回答して保健センターに送られる。これらのデータを保健師が読み、アドバイスをする仕組みとなっている。リアルタイムでの監視は人的資源の問題でできないが、心電図に除細動が出ているという指摘は可能である。平成21年には「こゆり」という新しい機種を約300台導入している。
  • 在宅健康管理端末で心電図をとれるものは少ない。スマホでもバイタルデータがとれる時代であるが、心電図をとれるものはないはずである。医学的な観点から、心電図のデータが必要と思われたので組み込まれた。
  • 効果をみるためには、在宅健康管理システムのユーザと非ユーザのグループを2群比較している。年齢と地域がバランスよくなるように対象者を選定し、アンケートにより個人の属性(年齢。性別、持病や生活スタイル、学歴、所得など)と利用を調査し、アンケートの有効回答者を対象にレセプトの調査を行った。アウトカムとしては、QOLや健康寿命はあいまいであり国際比較や政策検討には使いにくいため、医療費を採用した。
  • データベースを作成するために、レセプトから転記したデータは氏名、生年月日、入院・外来・その他(投薬)の種別、主疾患病名、主疾病の診療開始日、主疾病の診察日数、全疾病についての医療点数の7項目である。ユーザは199名、非ユーザは209名で、年代は、60歳代、70歳代が多い。高血圧、心臓疾患、糖尿病、脳疾患といった生活習慣病に焦点を当てて、分析した。
  • 外来の医療費では、ユーザの方が非ユーザより高いが、これは平均年齢がユーザの方が高いためかもしれない。これだけみると、効果なしということになってしまう。しかし、生活習慣病だけをみると、ユーザの方が医療費が低くなっていた。使用期間と関連をみると、加齢の影響を除くと、5年以上使用していると効果がある。生活習慣病だけでみると、10年以上使用で効果が表れている。
  • 在宅健康管理システムの経済効果を回帰分析で調べた。生活習慣病を持っているユーザは、非ユーザより15,687円/年と医療費が低くなっている。生活習慣病を持っているユーザは、1年長く利用している期間が長くなると、1,133円/年医療費が低くなっている。持病がない場合には、ユーザでも非ユーザでも差異はないが、持病がある場合には、年間37,942円もユーザは医療費が低くなり、遠隔健康管理は持病を持つ人に対して効果が大きい。生活習慣病の中では、高血圧で8,661円医療費が低くなり、糖尿病で8,785円低くなることが有意に認められた。
  • アンケートでは、遠隔医療の効果を4つ質問している。①健康・症状安定効果(保険対象価値)、②健康管理意識向上効果(自己負担対象価値)、③日常生活上の安心効果(自己負担対象価値)、④医療費削減効果(保険対象価値)。このような計算した研究がなかったので、厚生労働省もおもしろいとは言ってくれたが、医療保険にはまだ反映されていない。
  • 在宅健康管理を6年間実施した際、便益の総計は4473万1240円あった。導入費用と運用費用を足すと、1億7108万2458円となった。運用費用ベースでの費用便益は0.9312で1を下回り、若干赤字、ほぼトントンでなる。自治体の立場では、導入費用は補助金で賄ってもらえ、町が払うのは運用費用だけとなるので、テレケアを導入したがったわけだ。
  • 医療系の学会では、「何故医療費を削減できるのか言え」と言われる。しかし、医者ではないので実際よくわからない。「健康に対する動機づけができて、生活改善につながる」という説明したが、医者はそれでは納得しない。診療日数の減少データから、ユーザは1.6日分だけ病院に行く日が少ないことがわかっている。在宅健康管理システムにより保健師とつながっているので、通院を減らすことができ、結果的に医療費が削減できたと考えている。
  • 90年代までは急激に導入されたが、自治体の財政悪化で、運用費用を出すのが難しくなっている。2007年で1万1千台、100を超える自治体が採用したが、現在は3、4つの自治体のみとなっている。小泉首相の時代にIT関係の補助金が切られたことも大きな理由である。国の補助金がカットされると自治体のテレケア導入のインセンティブは働かない。
  • 医師法20条(対面診療)により、遠隔医療はグレーゾーンであった時代が長い。1997年に遠隔医療の対象として7分野を通知したところ、医者はこれしかしてはいけないと解釈した。震災後の2011年に遠隔医療に2分野が追加されて、9分野は例示であって広く行っていいということになった。しかし、誰が従事できるかという問題は残っている。看護師、助産師、管理栄養士なども遠隔医療に従事できればよい。
  • 遠隔医療で診療報酬がでる治療行為は非常に少ない。遠隔画像診断・病理診断(D2D)が伸びたのは、画像読影に5,000円程度の診療報酬がつくからだ。疾病予防は診療報酬がつきにくい。あまり広範囲に認めると、スポーツセンターに行くお金にも医療保険から補助金をだせということになってしまう。一方、米国のメディケアでは遠隔医療で診療報酬と認められているものが多い。
  • 自治体・健康保険組合に健康な人が増えれば持ち出しが減ることを認知してもらわなくてはいけない。ヘルスポイント制度と組み合わせて、ポイントをためて景品に変えられることができれば、インセンティブになり持続可能になる。本来は診療報酬をつけるべきだが、これにはハードルが高いためにこのような便宜的な方法もある。

講演後、次のような質疑があった。

研究の内容自体について
Q(質問):在宅健康管理システムだけではペイしないということであったが、健康でいれば介護サービスの利用が減ると思うが、これも分析にいれてはどうか?
A(回答):質問票に介護保険を利用しているかという設問があった。今後は、介護保険の受給年齢が遅くなるといったデータもいれて分析したい。
Q: NHKで記録するだけで体重が減るというダイエット法を紹介していた。毎日血圧を測るのも同じではないか。在宅健康管理に効果が出るのはこのためか?
A:そうだと思う。血圧のデータがよくなると、人に言いたくなる。西会津町ではユーザ友の会があり、年に2回の会合でユーザの成功談を話してもらう。これも効果がある。西会津は住民8,000人で6人も保健師がいる。保健師さんが気になるデータがあればすぐに電話してくれるのも、持続につながっている。うまくいかない自治体では、保健師さんが雑用に追われるということがある。町長のリーダーシップが大きかった。
Q:食生活の改善と在宅健康管理はどのようにむすびついているのか?
A:食生活の改善は、女子栄養大学の先生が指導にきている。設問に、食生活の改善指導を受けたかという項目はつけていなかった。しかし、影響があったとは思う。
Q:処方箋の詳細データ分析はないのか?
A:投薬の種類はデータをいれていない。あまり多くのデータを転記できなかった。今はレセプトのデジタル化ができていて、可能である。
Q:診療所が4つだと、重症だと隣町の大きな病院にいったりする。通院時間などもこの分析にいれると、よりメリットがはっきりでるのではないか?
A:今は便益を狭くとっているが、ガソリン代などのトラベル費用もふくめた便益を考える手法もある。またWTP(支払意思額)という手法でも分析した。これはあらゆる便益を回答者が考えるので、効果が高くなり、運用ベースでの費用対便益比が2.5と改善した。

今後の展開について
Q:費用便益分析で、自治体にとって運用費用ベースでも0.9312で赤字だが、どうして導入がさかんになるのか?
A:90年代はITの利用に熱心な自治体の首長が多く、かつIT普及のための補助金も多くあった。少しでもITにより住民の健康の向上を志向される首長は、補助金を申請され、導入が進んだ。
Q:クラウドなどで、運用費用をより節減していく方向にすればいいのか?
A:ユーザ数を増やせば運用費は下がる。クラウドなどで費用を更にさげていくのもよい。
Q:健康管理では、若年の時から行うことが大事だが、現実には中高年でモチベーションが高まる。若年層を含めた参加者をどのように増やしたらいいのか?
A:ヘルスポイント制度の導入自治体でも、協力者になってくれる人は定年退職者ばかりということもある。若い人にインセンティブを付けることができればよいのだが。
C(コメント):ドコモやauなどでは、若い人向けの健康管理サービスが提供されており、結構加入している。
Q:製薬会社が情報を集めるのが大変という話を聞いた。個人情報で教えてもらない。今回の研究の生データを公開すると、製薬会社や保険会社にとって意味ある利用ができるのではないか。業界を巻き込むと、早く進むのではないのか?
A:医学がビジネスにしてはいけないというのが日本の考え方。しかし、医学はビジネスの恰好のターゲットになり、ビッグデータ分析がまさにそうである。西会津は400名分しかない。疫学的な分析には匿名化したビッグデータ分析が必要。
Q:マイナンバーで利便性を向上する仕組みとは?
A:日本は世界一のインフラがありながら、利用が低い。医療分野のICTも、どこでもMy病院やデータヘルス計画などでているが、まだまだできない。個人のプライバシーの問題がある。安心して使えるシステムが必要で、共通番号があればよい。大病院の中では電子化されているが、病院間の連携ができていない。
Q:高齢化社会で医療費が高くなるのは当然だが、削減の決め手はなにか?ICTは決め手になっていないようであるが?
A:ICTが決め手になっていないのは、使い方の問題。使い方によっては、まだまだ可能性がある。普及のためのインセンティブ、特に経済的基盤が重要。