医療 医療分野でのAI・IoTの活用:欧米の動向を中心に 笹原英司ヘルスケアクラウド研究会理事

主催:情報通信政策フォーラム(ICPF
日時:823日木曜日1830分から2030
場所:ワイム貸会議室四谷三丁目 会議室B
東京メトロ四谷三丁目駅前、スーパー丸正6
講師:笹原英司(ヘルスケアクラウド研究会理事)
司会:山田 肇(ICPF 

笹原氏の講演資料はこちらにあります。

冒頭、笹原氏は次のように講演した。

  •  わが国の場合、ヘルスケア関連の実証実験でデータを収集しても、政府からの助成金が途切れるとそこで終了するケースが多い。一方、グローバル・プラットフォーマーは継続的に大容量のデータを蓄積しており、データマネタイゼーションの強みを活かしながら、AIIoTの持続的成長につなげることが可能である。。
  • ヘルスケア分野ではWell-beingがキーワードで、国連が設定したSDG’sの達成目標にも健康長寿やヘルスケアデータ利活用が含まれる。これを達成するためにはICTが必要であり、グローバル・プラットフォーマーはそれを理解した上で企業戦略を立て、研究開発や事業化を進めている。
  • 米国では、最初はクラウド環境を利用したSaaSSoftware as a Service)型医用画像分析プラットフォームの形でFDAの承認を取得し、その延長線で、AIをアドオン導入することによって、医療機器としてのAI承認の実績作りが行われている。
  • 23andMeという遺伝子検査のベンチャー企業がFDAからサービス停止命令が発出されたことがあったが、後日、欧州でCEマークを取得し、それを基に米国FDAの承認を受けている。ヘルスケア関連の新しい技術は米国から出てくることが多いが、レギュレーションの動きは、英国など、欧州の方が早いケースも多い。
  • オバマ政権時代に成立した21世紀医療法に基づいて、Breakthrough Devicesの規定ができた。この仕組みを利用して、2018411日、FDAAIを利用した眼底画像分析ソフトウェアを医療機器として承認している。リスクが「低」~「中」レベルの医療機器については、Breakthrough Devices規定で迅速承認ができるようになった。こうして、FDAは規制当局からイノベーション当局に変わろうとしている。
  • 医療AIは、眼科の領域からでてくることが多い、非侵襲検査が多いことと、検査から治療に至るまでのプロセスが明確化されていることが背景にある。医療AIは、検査・診療プロセスが標準化・機械化されたところから導入しやすい。2016年には、googleが深層学習による眼底写真解析結果を論文発表し、エビデンスとして認められている。英国もNHS傘下の医療施設を中心に、放射線科や眼科でAI利活用を進め、組織全体のデジタルトランスフォーメーションの契機にしようとしている。
  • ITUは、2018年にSDG’sの一環として 、医療へのAI適用について会合を開いた。医療関係団体ではなくITUが会合を開いたということからも、IT業界がグローバルに取り組むトピックに医療が組み込まれていることがわかる。日本の医療業界のスピードは2年ごとの診療報酬改定をサイクルとして回ってきたが、デジタルヘルスは情報通信業界のスピードで速く動いている。
  • モバイルヘルスの取組は特に糖尿病領域で進んでいる。ただし、最近、米国NISから、モバイル型電子カルテのセキュリティガイドラインが発行されたように、クラウド利用を前提とした多層防護型のセキュリティ体制構築が必須となっている。
  • AppleOSのバージョンアップを契機に、ヘルスケアの新機能を追加してくるのが特徴である。現行のiOSは、HL7で開発された相互運用性を重視した規格であるFHIR準拠の機能を備えている。この機能を軸に、米国内の主要医療機関との連携を進め、パートナーの医療機関によりPHRサービスがリリースされている。
  • メガプラットフォーマーは、APIを介したデータ連携が特徴であり、これをどう標準化するのかという政策を米国は進めている。英国も、電子政府の共通基盤をベースに、医療APIの標準化を進めている。
  • IoTは個々のデバイスに注目が集まるが、そこで収集したデータをどう活用するかでマネタイズできるかの分かれ目になる。日本は、個別技術は高いが、分析フェーズにおいて複数分野にまたがるデータを統合・分析するところが遅れている。今後は、API標準化が鍵である。
  • 米国保健福祉省(HHS)傘下で、医療の質に関する研究を担う医療研究・品質調査機構(AHRQ)は、電子健康記録(EHR)に蓄積されたデータや患者生成データ、モバイルデバイスから収集されたデータといった「リアルワールドデータ(RWD)」から、「リアルワールドエビデンス(RWE)」を創出するための評価研究に取り組んでいる。このような取組が進むと、データの付加価値が上がり、マネタイズしやすいものになっていくからである。
  • FDAはデータを集めただけではダメで、IoTデータの質が重要であることを強調している。収集モデルの設計段階から検討しなければ、質の高いデータは集められない。
  • AHRQが糖尿病のモバイルヘルスアプリを調査した結果、エビデンスの質と量が課題であることがわかった。例えば、11のアプリのうち、糖尿病の重要な検査指標であるHBA1cがモニタリングされているものは5つのみであり、これでは十分な結果を出すことができないとしている。プライバシーに関しても、iOSAndroidではプライバシーポリシーが異なり、開発者からのデータ保護に関しても取扱が異なるケースが見られるなど、課題が多い。
  • 糖尿病は合併症が多いため、心疾患、脳卒中などの患者データや医療支出データを合わせて収集・分析することが多い。複数変数を有するソーシャルデータの分析に長けたGAFAが、その経験・ノウハウを活かせる領域として、糖尿病関連領域を注視するのも当然と言える。
  • ヘルスケア分野のドローン利用は、人道支援から入ってきている。ロボットも災害支援から入ってくることが多く、その視点で見ていかないといけない。医療でのドローン利用は、米国ジョンホプキンス大学が進んでいる。
  • インドでもドローン利用の実証実験が行われているが、最終ターゲットとしてアフリカ市場を狙っている。医療インフラがない過疎地域では、ドローンやロボットが必要となる。ドローンによる医薬品輸送では、医療科学アウトカムに加えて、医療経済アウトカムのエビデンス化に向けた研究も進んでいる。
  • 海外では、デジタルヘルス・ディスラプションが推進されており、欧州は、域内で構築したプラットフォームを域外へパッケージ輸出する戦略を採っており、エストニアはその先鋒的な役割を担っている。米国では、メディケア・メディケイドにおける電子カルテ普及推進のために実施してきたMUMeaningful Use)のインセンティブプログラムを「相互運用性の促進(Promoting Interoperability)」に転換しようとしている。
  • WHO20185月に発表した「Digital Health Resolution」はインドが主導的立場を果たし、エストニア、イスラエルといったテクノロジー先進国に加えて、発展途上国・新興国も参加している。WHOは、国際的にデジタルヘルスを推進するための計画を策定し、優先領域を特定することになっている。
  • FDA21世紀医療法に基づき、20177月、医療ソフトウェア(SaMDSoftware as a Medical Device)規定を明確化するためにガイドラインを発行した。このSaMDガイドラインは、もともとEUがスタンドアローンを前提に提案し、採択されたものであるが、米国はネットワーク接続を前提にしたガイドラインに仕立てている。
  • またFDAでは、デジタルヘルス関連ソリューションに対し、従来の製品評価ではなく、それを開発する企業のプロセス評価に移行することを念頭に置いて、「ソフトウェア事前認証プログラムを開始した。FDAでは、医療機器の市販前審査を担当する部門と市販後安全対策を担当する部門が分かれているが、これを統合する方針を打ち出すなど、組織全体のデジタルトランスフォーメーションにつなげようとしている。
  • FDAの事前認証プログラムは、20184月に公表した作業プログラムで、構成要素に「リアルワールドパフォーマンス」を追加した。ここでは、パフォーマンスデータに加え、UIUXやインクルージョンの視点が必要となる。
  • AI開発で考えると、学習用インプットデータ、解析アルゴリズム、学習済みモデルとなり、学習用インプットデータは著作権で、解析アルゴリズムは特許で、学習済みモデルは営業秘密の三段階で守ることになる。解析アルゴリズムの特許が切れても、学習用インプットデータを押さえていれば、競合他社が事実上困難なケースが想定される。

最後に笹原氏は講演を以下のようにまとめた。

  •  GAFAにとって、AIIoTは新技術の一部でしかなく、プラットフォーム上でどのようにしてマネタイズ・事業化するかに注力している。その上で、健康医療分野におけるSDG’sの目標達成に活用しようとしている。
  • AIに対する医療機器承認は、きちんとエビデンスを出せるものから、どんどん進んでいる。
  • 医療IoTでは米国+新興国市場と糖尿病領域をベンチマークする必要がある。
  • 医療分野のAIIoT活用は相互運用性とAPIの標準化がカギとなる。

講演の後、以下のような質疑があった。

SDG’sに関連して
Q(質問):SDG’sの話はAIIoTという話の流れからは非常に異質に感じたが、どのような背景なのかをもう少し教えてもらいたい。
A(回答):Green by ITという話でも、GAFAは、北欧に次々とデータセンターを作っている。北欧は、税金の高い国であるが、再生可能エネルギー100%で電力を生み出す体制が整備されており、DNA解析など、非常に電気を使う領域でも、環境に配慮したデータセンターを運営できる。このようなインフラを活用すれば、SDG’sに対するパフォーマンスも相対的に高くなり、株価に反映されやすくなる。一見コスト高だが、全体でみれば企業価値を押し上げるという視点である。日本のICTベンダーもやるべきことはある。カルフォルニアの巨大投資ファンドは、SDG’sの貢献で企業を評価するとしており、大きく変わってきている。日本の大きな機関投資家は、保険会社であるが、日本も変わっていくかもしれない。
C(コメント):日本ではまだSDG’sに対して理解が少ない。欧米では、SDG’sが共通の評価指標になっている。 

AIIoT活用に関連して
Q23andMeは、FDAに中止されるまで格安で遺伝子検査サービスを提供し、赤字でも大量のデータを収集した。これは、学習用データセットを押さえたということになるのか?
A:その通りである。医療データは学会ごとに収集するケースが多く、従来のメディカル企業では消費者から直接データを収集するのは難しい。消費者と直接コンタクトできるgoogleだからこそできた。
C23andMeの保有する特許の数は非常に少ない。学習用データセットを押さえ他社がマネできない状況にするほうに企業として力を入れている。
Q:佐賀大学のメディカルノベーション研究所では、眼底写真により内蔵疾患も発見できるということで画像データを大量に収取し、AI分析することを始めている。しかし今は実験である。このようなことは欧米ではもう診療の中でやられているのか?
A:診療用医療機器の要素技術として位置づけるべきだが、日本の場合、事業化の前で止まってしまっていることが多い。
Q:心臓のペースメーカなどの通信も標準化されているのか?
A:サイバーセキュリティ対策で注目される分野となっていることから、医療機器メーカーと医療施設が連携して標準化・効率化に取組む動きが加速している。
QIoTで収集したデータをAI解析し、異常があれば介入するということになるのか?
A:そうである。糖尿病は合併症が多いという話をしたが、これは多変量解析が必要な領域となるということであり、データソースが増えて、データの複雑さが増せばAIのニーズは大きくなる。
Q:米国の進んだ医療機器が日本市場を席捲してしまうという可能性はないのか?FDAで承認されていれば、PDMAですぐに通過するということになりそうである。
APDMAは製薬・医療機器メーカーをリタイヤしたエンジニアでカバーしてきたが、AIなどの先進的な医療機器について仕組みを深く理解している人が圧倒的に不足している。特に問題なのはセキュリティで、問題が起きてからでは遅い。日本で承認された医療AIFDAで審査する場合、セキュリティ対策の詳細が説明できないと駄目である。メイヨークリニックやカイザーパーマネンテは独自で医療機器調達のセキュリティ基準を策定している。韓国の医療機器規制当局も、眼科領域の新製品開発などでは、当局自らベンチャー企業に働きかけて、革新的な医療機器として申請するための支援を積極的に行ったと聞いている。新しい医療機器が申請されなければ、規制当局自身の仕事がなくなるということから、危機感も大きい。
QMSWindowsは製品として完成しておらず、日々、パッチがでて更新されるものである。FDAの事前認証プログラムも、AIなどを使った医療機器はどんどんと変わっていくという意味で同じ考えである。ここから、製品ではなく、企業のプロセスを評価するという形に変えていったのか?
A:もともと、米国では、FDAが、医療分野で利用される汎用OSのセキュリティガイドラインを出しており、OS側の責任とアプリ側の責任の境界をはっきりさせている。 

医療データ規制に関連して
QAppleOSPHRのサービス機能がでてきているとあったが、患者データはクラウドにあるのか?
A:クラウドを想定している。汎用OSのケースと同様に、OS側の責任とアプリ側の責任の境界を明確化している。
Q:個人を識別する番号が重要だと思うが、米国ではどうしているのか?
ASSN(社会保険番号)を利用することが多いが、保険会社や医療グループが独自に附番しているケースもある。ただし、昨今は、サイバー攻撃の標的となっており、注意が必要だ。
Q:日本では医療データは医療機関のサーバー内に格納されているが、欧米ではクラウドにデータが保管されているのか?
A:米国はオバマ政権の時に中小企業向けに、コストが安く、専門家がいなくても運用できるクラウドの方が優位性があるとのことで推進してきた。
Q:日本もそうなるのか?
A:厚労省も含めた政府機関全体が、「クラウド・バイ・デフォルト原則」の方向性であると聞いている。
Q:メイヨークリニックなどは独自セキュリティポリシーがあるとのことであるが、日本の医療機関が米国のソフトウェアを導入したらどうなるのか?
A:米国の主要医療機関の場合、インハウスにエンジニアがおり、プログラム開発や実運用ができる体制を持っている。日本は医療機関内にエンジニアがいないケースが多く、導入しても、米国内のように現場で運用できない可能性がある。。
Q:データの二次利用について、医療機関が持つ大量のデータを、後から、別の目的に使いたいということになるとどうしたらいいのか?
A:英国のDeepMindは、IC(インフォームドコンセント)の取得に不備がある状態で、データを利用していたことが発覚し、データ保護委員会から違反を指摘されている。ICを取る際には、一次利用と二次利用を明確に分けて取ったほうが望ましい。日本はここが曖昧である。また、結果のフィードバックも重要である。欧州はデータ保護規則が発効し、「忘れられる権利」がある。当初、データ提供していた人が「辞めるのでデータを消去してくれ」ということがないようにつなぎとめていかないといけない。コミュニティマネジメントが重要である。消費者参加型のオンラインコミュニティ運営は、GAFAが強い分野でもある。米国では、サイバー攻撃でデータ流出したインシデントが続発しており、100億円以上の損害賠償金を科せられたケースもある。
QWHOのデジタルヘルスの推進活動は、アナログのUHCもできていない発展途上国が参加していた。彼らは、先進国が通った道でヘルスケアインフラの構築はできないと思っているのか?
A:発展途上国はスマートフォンの普及率が高く、そこからモバイルヘルスとなっている。銀行もない、電気もないというインフラ不十分の状況だからこそ、モバイルヘルスが重要となる。
QPHRの国際標準はあるのか?
A:世界共通の規格はないが、米国は積極的にやろうとしている。
Q:米国FDAがイノベーション当局になろうとしているとあったが、もう少し教えてほしい。
A:オバマ政権でと話したが、これについてはトランプ政権も、保健医療行政機関のデジタルトランスフォーメーションにおける目玉施策として積極的に取り組んでいる。トランプ大統領は自分自身が起業家であることもあり、ビジネスを広げる話は関心があるのかもしれない。
Q:日本政府がやるべき一手は?
A:日本一国では無理である。日本と組みたい国・地域はたくさんある。このような国・地域と一緒にやる仕組みを作ることである。